風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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第59回「河」全国大会

「河」の全国大会、千葉、鎌倉、京都、東京、東京に続く6回目の全国大会も東京、場所はいつもの「ホテルグランドヒル市ヶ谷」の瑠璃の間。初参加の千葉、2回目の鎌倉では華々しかったが、それ以降は鳴かず飛ばずで今回も同じ。まあそうかなと納得するところ大。
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ただ前三回と異なり、大会後の懇親会で余興に代えて、先日書いたように(→こちら)、HPに掲載している写真俳句をプレゼンする機会があった。「魂の一行詩」と題し、全52枚のスライドからなる画像と音楽のコラボレーション。画像と音楽のシンクロ等で膨大な時間がかかったが、かなり自己満足できる映像作品に仕上がった。評判も上々だったようで、今回の大会は結構充実感あり。
20171016-2.jpg 魂の一行詩

明日は吟行句会の清記版づくりという大任。時間制限がありミスは許されないものの、たいした作業ではないので、こんなことを任されるのもまあ幸せなのかな。
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秋刀魚と鰯

芸術の秋、という訳ではないが東京駅そばのOAZOの丸善ギャラリーで開催中の、野村重存(しげあり)展へ行ってきた。誰それ?という人も多いと思うが、「プレバト」の俳句は夏井いつき、生け花は假屋崎省吾、そして水彩画が野村重存先生。妻の職場の知り合いが30年来先生に習っているそうで、その人から紹介状の絵葉書を貰った。それだけ習うと教室に行っても自分で絵を描くだけで、先生は何か他の仕事をしているとか。

有料の個展かと思っていたら、「野村重存 絶対に受けたい水彩画講座」出版記念の個展と絵の販売と本の促販会。先生も会場にいて、本を購入すると購入者の名前とサインを書いてもらえる。絵は肉筆の水彩画、一部非売品もあるがほとんどが売却済みの赤いシールが貼られていた。売れ残りを見るといいもので6-7万円台とみられる。雪景色のいいなと思う絵があったが、妻に自分で描いたらといわれ、そうかもしれないと思い買わなかった。代わりに本を買った。妻がその知り合いのことを話すと先生は知っていて、しばし歓談。
野村重存展 20171015-1.jpg

その後、三井記念美術館で開催中の「驚異の超絶技巧!」という特別展へ。今朝の「日曜美術館」で紹介され、場所がすぐそばだったので寄ることにしていた。この特別展、2014-15年にも開催され、その続編とか。Eテレで紹介されたばかりだから結構混んでいるかと思ったら、人は少なくはないが混雑とは程遠いという状態。前回の会期終盤は入場制限をするほどの盛況だったというから、ラッキーだったのだろう。
超絶技巧

さて内容、分野としては工芸に属するのだが、筆舌に尽くしがたい超絶技巧の作品の数々、それだけだったら中国にもありそうだが、芸術品としての気品が漂い、久しぶりに味わう圧倒感だった。筆舌に尽くしがたいのでこれ以上書かないが、一例をあげる。テレビでも紹介された秋刀魚。皿に秋刀魚がのっているだけで、だからどうした?と言われそうだが、これは一本の木から彫りだして彩色されたもの。骨も一本一本ついている。前原冬樹(1962年生)の作品。氏の「有刺鉄線」、「空き缶・ピラカンサ」というまさに驚愕の木彫り作品も展示されていた。様々な工芸分野からの多数の作家の唯一無二であろう作品群が並べられており、日本人の誇りを語る上にも是非訪れることをお薦めする。

さて、上記「皿に秋刀魚」を見て思わずにはいられなかったのが磯江毅の「鰯」。秋刀魚が2014年の制作で鰯は2007年。一方は木工で一方は鉛筆だが、共通するのはリアリズムを突き詰めることによる感動。偶然の一致か、前原が「鰯」にインスピレーションを受けたのかわからないが、いずれにしろ天才同士の魂が触れ合っている様を垣間見た気がした。
前原冬樹
磯江毅 isoe1 (2)

日本の不都合な現実と対策(2)

今日の日経新聞の社説は「全世代よりメリハリの社会保障に」と題し、年金や医療・介護、生活保護を含む社会保障の課題は、少子化と高齢化・長寿化が同時に加速するなかで制度の持続性を高めることに尽きる。給付の野放図な膨張を抑える制度改革と社会保険料・消費税の一体改革を通じた必要財源の確保が欠かせない。戦後ベビーブーム期に生まれた団塊世代すべてが後期高齢者になる2025年以降を見据えれば、それは政治が真っ先に取り組まねばならない課題だが、・・・・・と書きだしていた。主旨は異なるが期せずして昨日書いた記事と同じトピック。

さて、政権政党もしくは政府はそのような現実を認識していながらも「社会保障と財政健全化のバランスを取りつつ・・・」と、嘘を承知で涙ぐましく最善を尽くそうとしているが、発想の原点が二律背反の状況にある中での二律を両立を前提にするから施策を誤る。アウフヘーベンもいいが、言葉遊びをしている場合ではなく、論理的に無理な真理に逆らうのは愚と知るべき。

最適解はさておき、二律背反の対極は二択、財政規律を優先されては生きている国民はたまらないので、論理的には財政規律の放棄しかないという結論になる。もっとわかりやすく言えば、いつの日か金利が2-4%に上がっただけで財政は破綻する。

次の思考ステップは財政規律を放棄すると何が起こるか?である。短絡的には、円が暴落し、ハイパーインフレで国民は困窮するという教科書的解答になるだろう。多くの専門家の見解でもある。しかし、同じ財政規律の放棄の範疇でもやり方はいろいろある。実はその一つに近いのが黒田総裁の量的緩和政策に他ならない。3年間の経緯を見ればわかる通りハイパーインフレどころか年2%の物価上昇すら起こらなかった。

もう一歩、というかかなり踏み込んだ施策が、社会保障国債の発行。1年半ほど前にこの素案について記した→日本経済の閉塞状況打開の秘策

背景や説明はそちらに詳しいが、消費税増税に代えて超低利率の超長期社会保障国債を毎年発行するというもの。これを日銀が購入する。実質的な財政ファイナンスであり、財政規律の放棄そのものだが、一方確実に年金制度や社会保障が将来にわたって担保される。将来への不安が無くなる心理的経済効果もかなり大きく、人生を楽しむ高齢者も増えるだろう。特記すべきは、このような荒業は今の日本だからできるのであって他の国はマネをすることはできない。

一方の副作用だが、円は円安方向にシフトするが暴落(150-180円とか)にはならない。日本の工業力をもってすれば世界貿易で日本の一人勝ちになってしまうから。その程度の円安でも輸出は伸び日本全体に好景気の風が流れるだろう。またインフレも生じる。どの程度かわからないが円安とリンクするので悲惨なことにはならない。インフレが生じるということは、現在の国民の金融資産1000兆円が目減りすることを意味する。金融資産の分布は高齢者に偏っているが、彼らにインフレ税を課すようなもので、実は経済格差の是正にもなる。そしてもっと重要なインフレ効果は、現在のそして社会補償国債の発行によって増える国債残高が、インフレによって実質的に減価していくことにある。黒田総裁の真意は昔からここにあったと思っている→証拠はこちら

現実的には、財務官僚を含め多くの反対意見が予想され、国会の承認も必要となるのでそのまま実行されるとは期待していない。しかし、現在の日本の置かれた状況を直視すれば、有効な対策を考えるいい出発点になると思われるので書き留めておく。

日本の不都合な現実と対策(1)

各党の公約も出揃い選挙戦が始まっている。公約のラベルだけは多少耳にすることはあっても、各党の公約をきちんと読む人は多分極少数派というのが現実で、さらに読んだとしても投票行動に結び付く有権者はさらに少ないのだろう。

さて、現在の日本の直面する問題は大小多岐にわたるが、大きな問題は年金を含む社会保障費の手当と消費税増税の是非を含む財政の健全化。この2大問題、相反しているので両者を並行して実行するのは難しい。最も具体的に施策を提案しているのは共産党だった。曰く、税制改革により当面17兆円を確保できるという。もちろんその反作用に関しては触れられていない。全面的にバカにするようなものではないので(共産党には結構優秀な経済専門家がいる)、加計学園で無為な時間を費やすぐらいならいくつか現実的な点に関して議論すれば良いのにと、老婆心。参考までに下記に引用する。
2017共産党財源案

横道にそれたが、この2点を解決する道筋に入ることができれば日本の未来は一挙に明るくなる。

何故両者が相反しているかをまず見てみる。34.4兆円の国債を発行し、その償還や利払いのため23.5兆円を歳出しなければならないのが現状。一方歳入の主たる財源が税収だが、所得税17.9、法人税12.4、消費税17.1兆円という規模である。単純に言えば社会保障費の不足分約10兆円を国債の新規発行で補っている。これが若い人たちに借金を押し付けているという所以。
平成29年度政府予算案 2017年度予算

では国債の残高について。今年3月末の推定値が844兆円。一般会計税収の15年分と財務省がコメントを入れている。上記の税収規模からみても、少々企業業績が良くなっても、金持ちから税金をとっても、消費税を上げても焼け石に水なのは明らか。
201612国債残高

全体で見るとあまりに絶望的なので目先の目標として、目くらまし的に発明されたのがPB(プライマリーバランス、基礎的財政収支)。簡単に言えば国債無しで歳入と歳出をイコールにしましょう、というもの。平成29年度だと10.8兆円の税収が増えるか歳出を減らせば達成できる。が、言うは易しいが、社会補償費等の出費が予想される中、現実的にはPB達成は難しい。しかもPBを達成しても844兆円の国債残高は減らない点が重要。我々の世代がそこまでするから、若い皆さん、844兆円返してね、と言っている。予算委員会において、もっと話すことがあるだろ、と言いたくなるのはこういう問題を日本が抱えているからだった。こういう観点から各立候補者の演説を聞くのも一興、誰も語らないのがわかるから。
PB見通し

立候補者の正しい選び方

知識と教養に基づく正確な現状認識力と長期的視野を持ち、私利私欲はなく国民の幸せと国の発展を第一義として活動し、正義を愛し、国を代表するに値する品格溢れた人に私はなりたい、というような人が国会議員に相応しい。

ようやく政権選択選挙の兆しが見えるようになってきた。本来、政権選択選挙であれば、現実を直視した上での現実的な政策が公約として並ぶはずだが、出来たての党や万年与党ではそのようなものができるはずはない。それゆえ今回の総選挙は結局安倍内閣への信認を問う選挙。細かな点に目行きそうだがポピュリズム優先の言葉に騙されてはいけない。

さて、これからは各選挙区の候補者の当落予測や最終的な各党の獲得議席予測に関心が移る。個々の有権者にとっては自分の小選挙区において誰を選ぶかだけが最終的な選択肢。

さて冒頭の言葉、多分正しいし、もっとたくさん要件を並べることは可能だが、「そんなやつ、いるわけないだろ」というのが現実。もしくは極めて少数しかいない、というのが正確かもしれない、そのような方もいるはずだから。この理想像を100とすれば対極は0、グレースケールでは白と黒、現実的には90-10ぐらいの範囲だろう。この範囲でどのような密度分布になっているか、国会議員の共通模試をすればわかるのだがそうもいかないので推測するに、50を中心に正規分布か対数正規分布、点数が低い方が多い、になっている可能性が大きい。経験的にもそこそこ立派な政治家もいるが、金返せと言いたくなる無能の国会議員が多いこともわかる。そこで、有権者にとって重要なのは、候補者群のなかで、冒頭の理想像において誰が一番近いかを見極めること。細かな問題についてはどうでもよい。

なぜなら、政権政党として現実的な政策を実行するとなると、まず共通である現実を直視せねばならず、理性ある知的人間であれば認識に大きな違いが生じるとは思えないし、またきちんとした合理的議論によって共通の理解を確立することができる。そこからの将来像については不確実性が伴うので見解が多少分かれるが、いずれに転んでも大きく外れることはない。

ただ不幸にして、50点以下の候補者しかいない選挙区もあるだろう。だから、以前から議員定数を半減すればいいと述べてきたわけだ。もし現在の50点以下の議員を削除できれば森友学園や加計学園などに時間をかけることはなくなり、、日本は成熟した議論のできる相当まともな国になる、はず。

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