風の行方とハードボイルドワンダーランド

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STAP細胞:「捏造」の捏造の構造 (1)

小保方晴子「あの日」を精読。事件の真相を本人が綴るというので第一刷版を購入した。STAP細胞についてもいろいろ書いてきたので気になっていたが、結論は新聞やネット上の情報を合わせて理解していた大筋とほとんど同じだった。2014年12月に理研が正式に「STAP細胞の有無を調べる検証実験で「再現できなかった」」と発表した時に書いた記事がこちら(→幻のSTAP細胞)。一部抜粋すると;

今回の理研の検証結果は理研のHPに詳しい。新聞では、「不正」追及のお祭り騒ぎだが、どこから不正という概念が出てくるのか、理解に苦しむというか、「不正の捏造」じゃない、と言いたくなる。

簡単に実態に触れておく。下図(略)は日経新聞からの引用。今回の再現実験結果が大変わかりやすくして正確に書かれている。ひとつ、重要なポイントを確認しておく。今回の報告書に、「なお研究論文でのキメラ作成は、山梨大学の若山教授(当時 発生・再生科学総合研究センター チームリーダー)によって行われた」と明記されているように、小保方さんが実験したのは図の、「緑色に光る細胞の塊が少数得られた」まで。よって、小保方さん部分の再現実験は成功している。

問題は、この「STAP様細胞塊」の発光が、単なる自家発光であって、万能性を示しているわけではなかったこと。ここのツメが甘かった。いずれにしても以上、どこから見ても不正ではない。

そして、最大の謎が、なぜ、若山教授はキメラ形成に成功したのか???という点である。なぜか、誰もここを突っ込まない。まさに新聞社の無能をさらけ出しているようなもの。


「あの日」では、氏は、「STAP細胞」と「STAP幹細胞」を明確に使い分けていることに気が付いた。理研の発表で「STAP様細胞塊」というのが「STAP細胞」に該当する。この違いをよく認識しないと本の内容をよく理解できないだろう。ちなみにSTAP細胞とはStimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency cellsの頭文字からとったもの、日本語では刺激惹起性多能性獲得細胞。この本によって、上記第3パラグラフに記載したように(氏)の「ツメが甘かった。」訳ではないことが判明したし、また第4パラグラフの「なぜか」に対する回答も詳しく記載されている。若干、文章に分かりにくい部分もあるが、事実を書き記そうという誠意が感じられるいいドキュメンタリーになっている。本人が書いているのだから信用できない、という人はまず読むことをお勧めする。関係者が多く、更に実名での記述も多いことから、ものを書く人間ならわかるが、嘘は書けない。

本の内容はほぼ時系列的に書かれているが、内容的に3つに分けられる。
1)実験編(1-5章):
2)論文作成編(5-7章)
3)捏造編(8-15章)

まず、事実関係を整理しておく。

STAP細胞の研究の端緒は博士課程1年の2008年、ハーバード大学のバカンティ教授の元への留学に始まる。そこでの実験でSTAP細胞研究の初期レベルの成果を得た(スフェア細胞と氏は書いている)。教授からも成果を絶賛され、論文を執筆投稿。その査読において、多能性を示すためにはキメラマウス作製が不可避、というコメントがつきつけられた。バカンティ教授のもとでキメラマウス作製は実行できないため論文は不採択となった。2010年春の話。

当時より、キメラマウス作製においては理研CDB(再生科学総合研究センター)の若山先生(以下敬称略)が有名だった。2010年7月、氏は日本の所属研究室である早稲田と東京女子医大の教授と共に、神戸の理研CDBで若山に会う。若山は直ぐに実験に取り組むことを約した。氏は若山に指定された全身の細胞が緑に光るGFPマウスを購入し、骨髄細胞からスフェア細胞(初期のSTAP細胞)を作製、神戸に運んで最初のキメラマウス作製実験を若山と同席して行った。結果は35匹中1匹のマウスのほんの一部の皮膚にGFPの蛍光発色が確認されたのみだった。その後、実験を繰り返し、GPF陽性の細胞が組織内に散在することや2種類の遺伝子が1匹のマウスに存在することも確認されたが、派手なキメラマウスとは程遠いものだった。

氏はスフェア細胞の多能性遺伝子の発現改善を試みる中で、細いガラス管など細胞にストレスを与えることによって多能性が獲得される、ということに気付く。2010年の冬の頃で、博士論文の提出も迫っていた。この博士論文の印刷において草稿を印刷してしまい、これも後に非難の標的となる。氏はその点で少々至らぬ点が多いようだ。それらは全て認め謝罪している。

博士号取得後、バカンティ教授の元に行くことになり、ビザが降りるまで理研の若山研究室で実験を続ける。ビザが下りたころ、若山から若山研の正式研究員になるよう勧誘され、最終的に米国行きを断わって同意した。理研CDBの研究環境と若山の指導が主たる要因だった。若山研ではスフェア細胞の多能性発現(Oct4陽性細胞)改善に対するストレス条件を研究した。ATPに晒すというプロセスはこの時の成果のひとつである。当然ながら、細胞が死ぬときに生じる自家発光と多能性発現によるOct4陽性細胞の緑色発光をきちんと仕訳している。

氏の興味は、ストレス処理後に起こる細胞の変化過程にあったのだが、若山はOct4陽性細胞ができるならば、幹細胞ができる可能性を追うことを目的とすべきで、キメラマウス作製こそが最重要という立場だった(p88) .。2011年10月頃にはOct4陽性反応が強く発現するスフェア細胞が作製できるようになり、若山によるキメラマウス作製にも熱が入ったが、ES細胞で作られるようなキメラマウスはできなかった。この時点を簡単にまとめると、氏によるSTAP細胞の作製は成功していたが、STAP細胞の多能性を証明するために必須の若山によるキメラマウスは作製できていなかった、といえる。

その後、若山はキメラマウス作製方法を改良し、スフェア細胞をマイクロナイフで切り出した小片を初期杯に注入することによってキメラマウス作製に成功、更に残りの細胞の増殖にも成功した、と氏に告げた。自分で行った実験では細胞の増加を見たことがなかったため、氏は自分で確認したく若山に培養の見学と手伝いを申し出たがかなわず、若山は増殖した状態になったものを見せるだけだった(p91)。若山研では氏以外の全員が胚操作の技術を持っていたが、氏が願い出ても若山は氏に教えることはなかった。時期の記載はないが、2011年冬から2012年はじめの頃と思われる。氏曰く、「STAP細胞の存在の証明が、キメラマウスの作製かSTAP幹細胞への変化であるなら、その証明は若山がいなければなしえないものになっていた(p92)。

(つづく)


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