風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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花笠まつり(1)

尾花沢という町の歴史は古く1658年(万治元年) に尾花沢代官陣屋が置かれた。その頃すでに400戸ほどの町だったそうだ。今回の宿「加登屋」の看板の左には「創業江戸後期」と赤字でつつましく書かれていた。廊下には大正時代の写真が飾られ、7代目とあったから歴史は相当長い。ただし建物は新築されたもの。入り口の上がり框にはこんな人形が出迎えてくれる。
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芭蕉は奥の細道の旅で尾花沢を訪れている。1689年の陽暦7月上旬で、時の豪商にして文人でもあった鈴木清風を訪ね10日間滞在したというのが尾花沢の自慢。この間、4名の文人が芭蕉を接待しており、当時の尾花沢の文化レベルはけっこう高かったようだ。この鈴木清風の屋敷が、現在「芭蕉清風歴史資料館」として公開されている。
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この時訪れたのが養泉寺。養泉寺には延べ7泊している。「涼しさを我が宿にしてねまる也」と言う句碑が境内にある。1762年に建立されたもの。右は諏訪神社。町の神社で、以下の祭行列はここが出発点となる。
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今回の尾花沢滞留の目的は三つあって、一応はみなと句会の開催、花笠祭当日の山口食堂の手伝い、そして最大の個人的目的である花笠祭の見学。花笠祭は山形市と尾花沢市などで開催されるが、「ここ尾花沢市は花笠音頭・花笠踊り発祥の地」との市長の言葉がパンフレットに記されている。、山形市は昭和40年に新たに開催されたもの。祭は毎年8月27日・28日の固定で、観光客目当てではありません、キリッ、という感じ。
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初日の27日はまつり行列。この日は花笠踊りのパレードはない。当然あるものと思って明日帰るつもりだったが、パレードは明日の15時からと知り、明日も泊まることにした。まつり行列は諏訪神社を9時に出発し、17:30まで町内を巡回するというもの。
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先導の白装束や神主、人力車に乗った公家様、黒い奴達の行列の後、祭囃子屋台が続く。
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食堂の前を行列がゆっくりと通ったのは9時半ごろ。客もいないので全面撮影モードでパシャパシャ。通り過ぎてからはお店のお手伝い。総勢8名の年寄ばかりのお助け隊、初めてなので勝手がわからず、下げ膳専門を請け負う。想像していたよりはお昼時もたいした混雑ではなく、かといって暇を持て余すわけではなく丁度良い。長年生きて来たせいで、お店の売り上げ向上は回転率にあり、という観察から、お客さんが席を立ったら即片付けて次の客が座れる状態にする。皆さん手伝ってくれるので多分30秒で用意できただろう。あっという間の夕刻。夕陽がきれいになりそうだったので、店を抜け養泉寺近くへ。
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山口食堂は露店が並ぶ通りに面しているが、この通りの食事のできる店はここしかない。だから夜は凄い混雑。昼間の作業で慣れた技でとにかく無駄な時間の無いように片付け、回転率は相当だったと思う。そんな作業が22時前まで続いた。学生時代、パレスホテルの洗い場、というアルバイトの経験があるので、大昔の話とはいえ、意外とストレスを感じなかった。
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