風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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AIの将来像

「将棋世界」1998年8月号に加え、2010年12月号があった。普段買っているわけではないので特別に買い求めたものらしい。開くと清水市代女流王将(当時)とコンピュータ「あから2010」との対戦記事が目当てだったらしい。将棋プログラムが初めてプロに平手で勝った歴史的一戦。ただし、「アルファ碁」と違ってこれはアルゴリズム、現在の「深層学習」型のコンピューターとはメカが全く違う。

今年3月に「アルファ碁」がイ・セドルに勝利してから「深層学習」が一般に知られるようになったが、「深層学習」に関して最初に記したのが1月28日の記事(→人工知能、囲碁でプロを破る)。当時は誰も何のことかわからなかったろうが、同記事で少々踏み込んで解説した。「アルファ碁」とイ・セドルの対決の2か月前だ。

ということで多少この分野に詳しい。先日の「小さな句会」で、コンピュータの進化によって近い将来社会がどうなるか?というような話題になり、その時話したことを記しておく。

当初、「深層学習」、すなわち自分で学習し判断するコンピュータ(以下AI)が最も有効に機能する分野は裁判だと思った。膨大な法律と判例を全て記憶しているので、感情を排した合理的で公正な判断を期待できるから。それによって、聡明とは言い難い裁判長に当たる不幸や冤罪の絶滅に寄与することができる。裁判の迅速化にも貢献するだろうと。

しかし、9月7日に日本経済新聞に掲載された西垣通・東京経済大学教授の寄稿を見て気が付いた。「アルファ碁」もそうだが、医療への応用を含め、適用されそうな分野は、確かにすべてパターン認識に関するもの。「自分で学習し判断する」のはパターンの特徴なのだ。文章を認識するメカニズムとは全く遠い世界にいる。小説もどきになるのも単語のパターンを認識しているにすぎず、意味は「理解」していない。だから、近い将来、AIが人間にとって代わるということはありえない。一部のパターン認識に関わる職種において極めて有能な職責を果たすことができるだけ。会社の役員や社長に代わり、最適な判断をする可能性は残念ながらない。どこまでいっても有能な補助機能という立場を脱することはないだろう、少なくとも自分の生きているうちは。



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