風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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メロゴールドと種(しゅ)の定義

先日、妻がメロゴールドを買って来た。グレープフルーツみたいだが、甘くてものすごく美味しい。「何、これ?」ときくと、グレープフルーツと文旦の掛け合わせで作られた果物のだという。
メロゴールド
メロゴールド系統図

「ということはグレープフルーツと文旦(ザボン)は同じ〈種(しゅ)〉なんだ」、ということから話がややこしくなった。背景に〈種〉の認識の程度という本質的問題があった。新種の発見、という言葉があるしたまにニュースになることもある。これまで、〈種〉とは交配可能な生物群の単位、と一応理解していた。生物は、生殖が隔離されていることで、他の集団からの遺伝子の流入による交雑の影響なく、それぞれの集団で独自の進化が可能になるから。だからヒトは外見や肌の色が違ってもホモ・サピエンス1種なわけだ。一応、というのはそれでも素人目には形が少々違うだけで新種の虫になったり、生態がよくわかっていないイコール生殖現場が観察されていない種が腐るほどいるので訝しさもたっぷりあったから。

そこで、グレープフルーツと文旦の分類をウィキで調べると、属は同じものの〈種〉が違う(追ってグレープフルーツが文旦とオレンジの自然交配で生まれた種とわかったが本質的な問題ではないためスルー)。
グレープフルーツ ブンタン

そこで、改めて〈種〉とは何かを調べた。便利な世の中だ。するとびっくり、一言でいうと確立された〈種〉の定義というものはない。定義の無い分類学って、それでも「学」なのと思わず分類学者を呼んでじっくり話をしたいところだが、ウィキにはこうあった。まるで百家争鳴、百花繚乱、諸子百家、支離滅裂状態。

・・・このため「交配可能かどうか」は種の分類に使いにくい場面が多い。専門家の間で完全に同意を得られるような種の定義はない。つまり、生物の集団をどうとらえるかは、研究者・分類群・研究の目的によって異なり、全ての生物の分類に適用可能な種の概念は存在しないということである。

種の定義・概念は、現在、22以上あり、研究が進むほどに増加している。


昨日、春一番の(平年値が)意味不明という気象庁の見解を書いたが、世の中結構いい加減でいいんだ、とあらためて勇気づけられた。
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