風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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水の入ったグラス

グラスの水 
これは写真です(文末に種明かしあり)。

超写実的なグラスや水の絵を描ける画家がいる。素人にとっては神業に思われ、百年練習しても自分で描けるようになるとは思えない。網膜に映った段階での水の入ったグラスの映像は皆同じなのだが、脳の構造、機能もしくは処理能力に違いがあるため、脳での認識パターンに大きな個人差がある。だから百年練習しても描けないというのが結論。

「水の入ったグラス」の映像の微小な部分を拡大すればガラスでも水でもなく、正体不明の色と形になる。才能無しもしくは凡人は、映像の処理能力に欠けるので「水の入ったグラス」という言葉もしくは概念で認識する一方、天才画家は映像を概念ではなく色や濃淡の異なるピクセルの集合として認識することができるのだと思われる。彼にとってはピンポイントの位置に見えたとおりの色を置くだけで簡単に水の入ったグラスが描けるわけだ。
凡人と天才

と、昔から思っていたのだが、先日の日経新聞に「巧みなアスリート脳  動作処理に余裕、美技生む」という記事が出ていて、やはり、と納得した。脳科学の成果の解説で、サッカーの天才選手の脳と凡人の脳の違いを分かりやすく説明したもの。
運動野

部分的に引用すると、
アスリートと一般人の違いといってすぐ思いつくのは、筋肉の量や心肺能力の強さ、壁にぶつかってもくじけない心などだろう。では一般人が訓練によってアスリートと同じ筋肉などを手に入れることができれば、同様に活躍できるのだろうか。答えはノーだ。その理由について情報通信研究機構の内藤栄一研究マネージャーは「体を動かす指示を出す脳の機能が、一般人とアスリートでは大きく異なるからだ」と話す。

スペイン2部リーグやアマチュア選手、他のスポーツ選手と比べ、同じ動きをしているのに関わらず、使用していた運動野は約10分の1にすぎなかった。「普通の選手は単に足を動かす場合でも多くの神経細胞を使うが、ネイマールは脳を効率的に使っていた」

 脳がたくさん働かなくても指を自在に動かせるピアニストは、一般の人がまねできないような速度で繊細に鍵盤をたたいているように見えても、脳にはまだ余裕があり、さらに速くて複雑な動きもできる。「一音一音の打鍵にエネルギーを使わないから、何時間もコンサートがこなせる。動かす部位が足と指で違うだけで、ピアニストもサッカー選手も同じアスリートだ」

これは脳の一部の運動野の話だが、運動野だけが特別なわけはなく、多分すべての機能部位で同じはず。勉強ができる子は頭がいいと言われ、運動の出来る子は運動神経が良いと言われるが、両方とも頭(のある分野)がいい、というのが正解。天才画家は視覚野が発達しているのだろう。

ヒトの顔が多様なように脳も多様であるはずだ。自分の脳のどこが発達していてどこが未熟かを自覚しておくと、無理に競争したり羨望や嫉妬を覚えることなく、幸せに暮らせるような気がする。いくら100メートルで10秒切ろうとしても、できないと自覚していれば競争しようとは思わないし、嫉妬もしない。
脳の機能マップ

と、偉そうに書いたところで最初の写真、水の入ったグラスの部分は紙に書いた絵。これを描く過程の動画がある→こちら。2分ちょっと、人生で最も価値ある2分間のひとつだったと思えるはず。驚き。
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