風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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沖縄本島二泊三日レンタカー付の旅 (余録)

1.琉球王国
琉球王国というものがあるのことはなんとなく知っていたが、その歴史、いつどのようにして日本の一部になったとか、文字はどうなっていたとか、何も知らないことに気が付いた。ということで以下簡単にまとめておく(出典はウィキペディア)。

統一王朝の成立は第一尚氏が三山統一した1429年、その後1462年に重臣であった尚円がクーデターを起こし第二尚氏王統が成立、19代続いた後、1879年(明治12年)廃藩置県によって消滅した。最盛期には奄美群島と沖縄諸島及び先島諸島までを統治。

外交的に貿易上の理由から明の冊封を受けていたが、1609年に日本の薩摩藩の侵攻を受け対抗するも敗れて和睦、以降、琉球王国は薩摩藩の付庸国となり、薩摩藩への貢納を義務付けられ、江戸上りで江戸幕府に使節を派遣した。また明に代わった清にも朝貢を続け、薩摩藩と清への両属という体制をとりながらも、琉球王国は独立国家の体裁を保ち、独自の文化を維持した。

この間、隣接する大国明・清の海禁や日本の鎖国政策の間にあって、東シナ海の地の利を生かし、東南アジアまで広がる貿易圏を確立、中継貿易で大きな利益を得ていたらしい。

1871年、明治政府は廃藩置県によって琉球王国の領土を鹿児島県の管轄とし、廃藩置県に向けて清国との冊封関係・通交を絶ち、明治の年号使用、藩王自ら上京することなどを再三にわたり迫ったが、琉球は従わなかった。そのため1879年(明治12年)3月武力的威圧のもと首里城で廃藩置県を布達、首里城明け渡しを命じ、4月に琉球藩の廃止および沖縄県の設置がなされた。琉球の王族は、日本の華族とされた。現在末裔の尚さんは杉並区に住んでおられるらしい。

一方、清国は日本政府の一方的な処分に抗議するなど問題は尾を引いた。外交交渉の過程で、清国への先島分島問題が提案され、アメリカ合衆国大統領グラントの熱心な調停もあって調印の段階まで進展したが、最終段階で清国が調印を拒否して分島問題は流産、のちの日清戦争における日本側の完勝をもって琉球全域に対する日本の領有権が確定した。

2.言葉と文字
沖縄方言には日本語と大きく異なるものが多い。親しくないので断言できないが、この写真からだと「大きい」は「ウフ」ということになる。妻曰く「「巨大」は「ウフウフ」ね」。だから、沖縄方言の起源は日本ではないし、だったら文字はどうしていたのだろうと訝しいこと甚だしかった。
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玉陵(たまうどん)に行くと1501年に建立された碑文があった。玉陵に葬られるべき人々を規定したものだという。見てびっくり、まるで歌碑のように美しいひらがなが掘られている。
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Wikiには、「話言葉は、日本語、候文の口語体に近い琉球語(琉球方言)が用いられた。文字は、15、16世紀の以前の古文書や石碑の碑文では、漢字ひらがな交じり文が用いられている。17世紀以降は、首里王府内の公文書(評定所文書)や薩摩など日本との外交文書では和文(候文)が、中国との交易開始後には、家譜や中国との外交文書では漢文が主に用いられた。琉歌や組踊などの文学作品では琉球語(琉球方言)和文が主に使用された。」とある。

そもそも「南西諸島の住民の先祖は、九州南部から比較的新しい時期(10世紀前後)に南下して定住したものが主体であると推測されており、遺伝子研究では、沖縄県民は遺伝子的に中国人や台湾人とはとても遠く、九州以北の本土住民と近く、同じ祖先を持つという」らしい。

3.石積
グスクは13-14世紀に作られたというから世界史的にはそれほど古いものではないが、城壁の石積みがきれい。まるでインカの城壁みたい。
勝連城
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中城城
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首里城 20170531-42.jpg

4.遺跡の修復
中城城で城壁を一部修復中だった。番号が振られた城郭の石がきれいに城郭内に並べられていた。考古学者にならなくて良かったと思った瞬間。
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5.ヘビ
今帰仁城と中城城にあったヘビ注意の看板。
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6.魚の沖縄名
沖縄の居酒屋や食堂で困るのが魚の名前。名前を言われても何のサカナか全くわからない。30日のランチを食べた「海邦丸」の壁に写真付きの和名と沖縄方言名を併記した図鑑のようなものが貼ってあった。もっとも、「ハマフエフキ」と和名を言われても所詮わからないのだが。ひとつお利口になったのが「グルクン」。なぜか「オジサン」だと思い込んでいたが正解は和名「タカサゴ」、「オジサン」は沖縄では「カタカシー」だった。
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