風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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この夏は寒かったか?

記録的日照不足となったこの夏、北海道や東北太平洋側では気温も低く江戸時代なら大冷害と先日記した。山や家海に出かけた人にとってはこの夏は記憶に残るだろう。東京も日照不足のせいで寒い夏の印象がある。そうなのだろうか?

ということで、専門家ではないので140年間のすべての観測結果を調べるのも億劫だったので、2000年以降の夏、梅雨明け頃の7月20日から8月20日までの1ヶ月間の東京の最高気温を調べた。全部まとめて示したのが下図。わずか18年間であるが、けっこう最高気温の巾があってごちゃごちゃしている。各日に対する18年間の平均が黄色。赤で示したのが今年で、やはり最高気温の低い日が多いようだ。特に8月中旬が顕著。ところが今年を下回る年があった。2003年(青)。
2017夏1

上図は煩雑なので、各年につき当該期間の最高気温の平均値をまとめたのがこちら。確かに2003年だけとびぬけて低い。天明の大飢饉は、気温に関してはこの年のようなものだったのかもしれない。2003年というと14年前、どのような夏だったか全く記憶がない。一方、この間の最高は2015年、あまりに暑かったので記事をいくつか書いた。2004年と2010年も暑かったようだが記憶はない。今年は平均値で見ると低い方であるのは確か、2015年と比べると、3度以上低い。ただ平均からは1度ちょっとなので寒い夏という言い方は正確ではない。
2017夏2

これら特別な年と今年、および平均値を抜き出したのがこちら。暑い年と寒い年の差はずいぶんと大きい。2003年が特別の年だったのだろう。
2017夏3

何故そんな著しい異常低温の夏なのに記憶が全くないのか?

考えてみたら思い出した。1990年代、当社はノルウェー領北海において、ある油田の権益を保有しており原油とガスを開発生産していた。オスロに駐在した背景は、現地法人の社長兼社員として一人で全てを管理運営するため。帰国後もプロジェクトの管理に携わっている中、諸事情により油田権益を売却、日本の投資会社を特別清算するのが全当事者にとって最適と決断した。2002年の話。オペレーターであったBPとの権益売却交渉、売買契約書作成等を全て一人でこなし、投資会社の株主への説明などに明け暮れていたのが2002年秋から2003年。さらにアメリカのプロジェクトも並行して担当していたので空を見上げる余裕もなかった。そんな夏だったから、太陽がまぶしかったのか曇っていたのか暑かったのか寒かったのか記憶に残らなかったわけだ。

確かに立派な社会人をやっていたことを今日思い出した。いまでは遠い昔。
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