風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

Entries

回想の1970年代(2)

大学に入って驚いたことの一つが授業内容だった。今思えば大学に指導要綱などはなく、各々の教授が自分の趣味に合わせて講義をするためだろう。少なくとも学生によくわかるように、などという発想の持ち合わせはなかったように思える。英語の授業ではいきなりサリンジャーの「ライムギ畑でつかまえて」のペーパーバックを買うように言われ、来週までに30ページ読んでくるように、というような授業だった。英語好きの高校生ではなかったので、高校英語との違いにびっくりした。数学は若いいかにも数学が好きそうな先生で、黒板に数式を書き連ねて楽しそうにかつ一方的に喋っていた。茫然として教室の後ろの方の席で眺めていたが、前の方で頷きながら聞いている奴がいて驚いた。だから当初はなんとなく間違ったところに来てしまったような違和感を禁じ得なった。まだまじめで正直だった。もっとも今でも本質はあまり変わっていない。

大学では専攻別の授業が2年生から始まっていた。資源工学科は50余名、授業は面白くなかったが、原則きちんと出席していたような気がする。授業の隙間は麻雀、メンバーが概ね固定し、そのうちのひとりのT君、今でも下手な字で年賀状を送ってくるが、彼は大手商社の役員退任後今や某大手コンビニの社長、人生はわからないものだ。

理工学部以外外の生活が「野研」と呼んでいたサークル。本部の6号館の地下にあり、夕方暇になると出かけていた。何か研究する訳ではなく、たわいもないおしゃべりと麻雀とお酒。たまに山に行った。それが学部時代のすべて。

1973年の1月1日から日記のようなものを書き始めていた。19歳、大学2年生だ。「山と渓谷社」から発行された「アルパインカレダ―」という1週間に1枚山の写真と一日5行ほどの文章が書き込めるページが見開きになっているもので、まだ行ったことない山々に思い馳せながら身の回りの淋しい人生のメモを記すことができる優れものだった。
最初の1ページ 日記1

ちょっと眺めてみる。文体が今と全く変わっていない。感性も変わっていないように見える。45年進化しなかったらしい。

1月4日:
昨夜は4時過ぎに眠ったというのに今日は9時に起きて勉強を始めた。学年末試験まで20余日もあるが、若いうちは勉学に励んだ方がいいなどと考えながらだらだらと始めてみた。つまらない一日を過ごしてしまった。
1月5日:
昨日から夜と朝に腹筋と腕立て伏せをやることにした。・・・腕立て伏せなど20回もやると息が切れてハアハアいっている。ハアハアしながら腕に手をやってみるが太くなっているわけもない。
1月7日:
一日中雨が降り続けてやけに寒い。ふるえながら統計力学の本を読んだ。これがひどく難しい。古典統計力学ですらわからないのに量子統計力学など解ろうはずがない。
1月11日:
四暗刻をテンパった。こんなつまらないことを記さねばならないというのは、なんとも情けない。
1月24日:
単調なザーという音、冬の夜の冷たい雨・・・

なんだか幸せな生活を送っている大学生には見えない。

その頃描いたイラスト。
日記イラスト1 日記イラスト5

日記イラスト2 日記イラスト6

日記イラスト3 日記イラスト7

続く(かなあ)
関連記事
スポンサーサイト

*Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

右サイドメニュー

検索フォーム

最新トラックバック