風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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となりのトトロ

タイから帰任したのが1986年、1年程訳あって東陽町のマンションで暮らし、1987年には江戸川区春江町の金魚池のそばのアパートで暮らしていた。1988年の夏、妻は当時6歳の長女と3歳の次女を連れて「ドラえもん」の映画を観に行った。その時の予告編で見たのが「となりのトトロ」、なんてきれいな絵なんだろうと感激して上演開始に合わせ観に行った。帰ってきて珍しく饒舌に感動を話してくれ、一緒に見に行こうと誘われたが、言葉だけでは行く気に慣れずうやむやになった。が妻は子供を連れて2回目の鑑賞に。

その年1988年の暮、子供へのクリスマスプレゼントとしてトトロのぬいぐるみを買うことにした。デパートの売り場を見渡してもトトロは見当たらない。売り場のお姉さんに「トトロのぬいぐるみありませんか?」と尋ねると「何ですか、それ?」と聞き返され、一生懸命説明すると顔つきが変わり、ヘンなおやじ、というような目で「扱っていません」とにべもなく言われた。結局銀座と新宿のすべてのデパートを回ったが、反応はどこも同じだった。映画館はガラガラだったそうで、実際観客動員数は約80万人(?)、配給収入が5.9億円と『風の谷のナウシカ』を大きく下回って、1986年の『天空の城ラピュタ』と共に興行成績は振るわず、興行的には外れたらしい。

翌1989年の1月、キネマ旬報の「日本映画ベストテン」で「となりのトトロ」が第1位になったと新聞でも大きく報道されると事態は大きく変わった。数年前までの宮崎駿の大ブームはこれが起点、20年近く前の話だ。我が家では当然宮崎駿ってすごい、ということになっていて、「トトロ」を含め「風の谷のナウシカ」と「天空の城ラピュタ」のビデオは何回見たことか。当時徳間書店から「The art of ・・・・」、「ナウシカ」、「ラピュタ」、「トトロ」という豪華本が発売されており、購入した本は「トトロ」が第1刷、「ラピュタ」、「ナウシカ」はそれぞれ2刷と6刷という状況、さらにナウシカは原作のアニメまで揃える熱の入れようだった。子供たちはセリフを覚え、ラピュタごっこをしていた。


1988年の秋に妻が編んだ長女用のカーディガン。
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と前書きに熱が入ってしまったが本題。先日、「私のワンピース」などの絵本、「アンパンマン」のビデオコピーなどと共に、妻が「となりのトトロ」ビデオコピーを一緒に送った。先日娘が2歳と3か月になる孫に見せたところ、すっかり気に入り、最初の日に2回観て、翌日は5回目になるというメールに写真を添付してきた。映画は1時間半ほど。2歳児でもそんなに集中できるんだとちょっとびっくり。親と子が同じ映画を観て楽しめるってすごい。
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