風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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よくわかる般若心経

母方の叔父の一周忌の法要に参列してきた。思い込みかもしれないが、お経と言えば「般若心経」というのが一般的な日本人かと思う。これまで数々の通夜、葬式、法要、法事に参列してきたが、読経を聞きながらそう言えば、「般若心経」を聞いたことがないことに気がついた(多分聞いたこともあるののだろうが記憶にはない)。父が他界した時に「般若心経」の岩波文庫版を読んだので今でもさわりぐらいは暗唱できる。「カンジーザイボーサツギョウジンハンニャ―ハラミタジー、ショウケンゴーオンカイクウドーイッサイクウヤク、シャーリーシー、・・・」という具合。多分宗派や読経の機会によってお経が異なるからだろう。
shingyou (2)

さてお経、内容と言うかそれがどのようなものか知らない人が多い、もしくはいい加減にしかしらないのに妙な主張をする人も少なくない。イスラム諸国はもちろんキリスト教諸国の人々も聖書がどのようなものかぐらいは知ってれるいると思われるが、一応仏教国といわれる日本では仏教経典を読んだことのある人が極めて少ないためだろう。

「般若心経」の原文はサンスクリット語で書かれ、403年、亀茲国(新疆ウイグル自治区クチャ県)出身の西域僧鳩摩羅什によって最初に漢訳された(確か世界史で習ったよな)。その後、649年に三蔵法師玄奘によって漢訳されたとされるものが一般敵に流布している。「般若心経」という名は通称で、玄奘の訳は「般若波羅蜜多心経」。

まず設定。明確に書かれてはいないが、弟子である舎利子(シャリープトラ)への呼びかけが多用されていることから、ブッダによる弟子への教えの議事録のような体裁を取っている。ちょっと新約聖書のXXXX記に近いかもしれない。

次に記載だが、漢訳なので漢文を読める人なら読める。ただし、外来語であるサンスクリット固有の名詞はそのまま音を当てている。現代日本語のカタカナ語良ような感じ。妙な漢字の並びがそれなので、実は読み下しは意外に簡単。特に「阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)」という単語は他のお経でもよく出てくるので覚えておくと眠くならずに良い。

おまけで先にカタカナで記した暗唱できる部分を現代少女語軽薄体に意訳するとこんな感じになる。元の漢訳はこちら。

観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子

「ボサツちゃんがなんか難しい修行をした(行深般若波羅蜜多)時、世界は(五蘊)全部空っぽ(皆空)だって気付いて(照見)、悩みなんかまるで無くなるんだって(度一切苦厄)。シャリーちゃんわかる?・・・以下略」

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