風の行方とハードボイルドワンダーランド

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稀有な秋を記憶遺産に

先日、「これほど雨が降って雲が多い10月は稀なのではないか」と推量系の説得力に欠けるセリフを記したので、真実を探求した。

気象庁による東京の気象観測開始は1875年、明治9年から、多分その前から観測していたのかもしれないがデータはその年から残されている。ただし今と同じデータ項目ではなく、例えば日照時間については15年後の1890年から。いずれにせよ、100年間以上のの東京の気象観測データを簡単に机の前で得られるわけだ。まさに宝の山、そんなデータがタダで得られる日本は凄い(他国も同様かもしれないけれど・・・)。

ということで、テーマが雨と曇なので日照時間データのある1890年からの127年間の10月の天気を調べた。データの処理は月間の日照時間と降水量のクロスプロット。これが全データを一瞥するにはベストである。結果が下図。雨が多くて曇りの日が多い(=日照時間が短い)という尺度において、1991年には負けたが確かに今年は稀な年といっても良さそう。よって先日の推量は正しかった。証明終わり。
2017(10月)日照降雨

で、終わってしまうのはもったいないぐらい味わい深い図である。まず全体の傾向。雨が多ければ日照時間も短いという傾向はあるが、思っていたよりはるかに相関が弱い。雨の伴わないただの曇りが多いという年も多い。日照時間は一か月間の長期かつマクロな地球全体の空気の流れに影響されるが、降雨量はローカルにして短時間の現象、台風とか前線の活動に大きく影響されるので、こんな結果、すなわち同じ日照時間で年によっても降雨量は数倍も違う、になったのだろう。

さて、今年よりも日照時間が少なかった年が6年もある。10月というと秋晴れのイメージがあるが、意外と曇りの日も多いのが現実、ということか。一方、ダントツのお日様いっぱいの10月だったのが1914年(大正3年)、今年の2倍以上の良いお天気だった。何かこの時期の文学作品を読む時があったら気を付けて読むと良さそう。

そう言えば8月も曇がちで暑くなかったことを思いだす。まず観測データで8月から10月の3か月(90日間)の降雨量と日照時間の平年比を眺める。見た目はやはり10月1ヶ月間のデータと変わらない。立秋が8月7日頃なので、この秋は雨が多くて曇りの日ばかり、との印象は正しいようだ。
20171031pre90dhi00.png 20171031sun90dhi00.png

では、10月同様に127年間のデータで実態を調べる。プロットは同じでデータが8-10月の3か月間の合計値。日照時間の少なさは他の年に大差をつけての僅差の三位。ここでも圧倒的に強いのが1991年だった。一方日照時間の長さでトップに立ったのが1922年。雨も少なく秋の期間全てにおいて秋晴れ少雨という山登りの人にとっては最高の年だったに違いない。いずれにしろ、今年は気象観測開始以来の稀有な雨と曇りの秋だったと言える。孫子のためにもぜひ記憶遺産としてに語り継がねばならない。

    この秋はどの道ゆくも雨しきり K
2017(8-10)日照降雨

さて、10月部門、秋部門共に1位となった1991年て何?と気になる。答えの一部がこちら。死者不明86名だけでなく、床上浸水18815棟、床下浸水70585棟だそうだ。台風3個は9月の話だが、そんな空気の流れの中では8月も10月も天気が悪かったようだ。この頃はまだ40代、ノルウェーのプロジェクトや新規案件評価に忙しい優秀な技術者を務めていた時代、天気より仕事の方が大事だったのだろう、全く記憶にないのはそのせいに違いない。
1991災害
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