風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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高幡不動尊

山荘行が大雪で中止になったことから、妻と娘は今日高幡不動尊に行くと言っていた。二人とも新選組のファンで、高幡不動には新選組副長として活躍した土方歳三の菩提寺である縁から境内に土方歳三の銅像等があるのだという。どうするかと問われ、新鮮組に興味はないが、小学生の頃から名前は知っていたものの行ったことがないので、車で出かけることになった。
出発前のひと時 

何の知識も予見もイメージもなかったので、駐車場に着き五重塔をを含め大きな建造物が多数並んでいる様子にびっくり。寺伝によれば平安時代初期に円仁(慈覚大師)が清和天皇の勅願により東関鎮護の霊場を高幡山山上に開いたのが始まりとされる。江戸時代、真言宗関東十一檀林の談義所として、多くの学僧を輩出している。以来、「高幡のお不動さん」と呼ばれ人々の信仰を集めており、毎月28日の縁日には多くの参詣者で賑わう。成田山新勝寺などとともに、関東三大不動の一とされる。という立派なお寺のようだ。

本堂の傍を通るとお経が聞こえた。本堂は不動堂と呼ばれ、重文で東京都随一の古文化財建造物だそうだ。どうも1342に建てられたものらしい。堂内に入ると護摩の法要中らしく、参拝客が堂内に座している。しばらくすると、経が止み参拝者がご本尊(身代わり本尊)の前を通るように案内された。それが終わって火を焚き護摩の法要。
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トイレを出たところに大きなお堂があり、奥殿という。硝子戸が閉じられていたがとりあえず階を登ると、そこが高幡不動尊の本尊である丈六不動明王像の安置されているお堂だった。明王坐像だけでなく両側の童子像も含め重文で、平安時代に建造された総重量1100キロの木製で、古来日本一と称されてきたという。そんな立派なものがあるとは50年間知らなかった。
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奥殿を離れ境内を奥へ。大きなお堂が並んでいる。ここで初めて掲題マップをゲット。
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鐘楼に向け坂道を上ると別の坂道があった。とりあえず上に行けば展望も良かろうと登る。あちこちに地蔵像が「山内八十二番」などと書かれた金属製の立札と共に置かれている。山内八十八ヶ所巡礼コースというのがあってその末尾に出たらしい。
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しばらく進むと高幡城址なる立札が見えた。その方向に進むと高台があった。看板はなかったがここが高幡城の最高部らしい。遠く新宿の高層ビルやスカイツリーが見える。
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頂上にて 20171229-20.jpg 

下山して仁王門前の「開運そば」という蕎麦屋で昼食。近くに「歳三もなか」などという幟を立てた饅頭屋があった。
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寄ってみると饅頭だけじゃなく、「歳三の涙サイダー」なるものまで売っていた。隣には新選組のメンバーの写真が貼られた無料休憩所まで設けられていて、新鮮組のファンも少なからず訪れるようだ。
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