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風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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菊地直子無罪判決をめぐる諸々

27日の山荘行が中止になったので、その夜はテレビを眺めていたが、おかげで面白いものを二つ見た。その一つがNHKのニュース。お題は菊地直子無罪判決。

オウム真理教が1995年に起こした東京都庁小包爆弾事件に関与したとして殺人未遂ほう助罪などに問われた元信者、菊地直子被告(46)の上告審で、最高裁第1小法廷(池上政幸裁判長)は27日までに、検察側の上告を棄却する決定をした。決定は25日付。逆転無罪とした二審・東京高裁判決が確定する。第1小法廷は決定理由で、教団元幹部の証言などをもとに有罪とした一審の判断について「抽象的な可能性の指摘にすぎず、殺人未遂ほう助罪と認めるには飛躍がある」と指摘。二審の無罪は結論として是認できるとした。裁判官5人の全員一致。

こちらが簡単な経緯 20171227菊地直子

以前からオウム関係者に対しては不当な量刑が科せられているように思われ、法の下の平等なんて虚構、日本は実は暗黒裁判国家?という目で見ていたので、一審の判決は記憶に新しい。多くの組織において重要事項はトップシークレットで末端まで情報は伝えられない。ましてやオウムのような縦のヒエラルキーが(多分)強い組織では、菊地のような下っ端信者には、全体像を知られないよう、部分的な行為を指示するだけ、と考えるのが社会常識。

一審判決(杉山愼治裁判長、江美健一裁判官、戸塚絢子裁判官)は、いくつかの間接事実から彼女の認識を推測し、それを元に「(教団幹部であった井上嘉浩死刑囚らの活動が)人の殺傷が生じ得ることも想起することが可能である」と可能性を論じたかと思うと、それがいつのまにか前提事実として扱って、「人の殺傷を伴うことがあり得ると認識した」と新たな認識へと飛躍させるなど、刑事裁判の判断のあり方として非常に問題があった。とはオウムを追っていた江川紹子氏の言葉。

最高裁の判決にはこうあるそうだ。「(一審判決が示した間接事実から)事実認定の前提となる『人の殺傷結果の想起可能性』を推認することは、そもそも困難と言うほかない」「抽象的な結果発生の認識可能性から殺人未遂幇助の意思の認定にまで高めるには飛躍があるといわざるを得ない」

こんな裁判長に当たったら一生浮かばれないが、それが珍しいことではないのは冤罪が繰り返されることでもわかるし、15日にもも「伊方原発運転差し止め判決とリベラルアーツ」という記事で裁判長批判をしたばかり。どなたかが、「社会常識に欠け、事実認定力が劣る日本の官僚裁判官たちは・・・・」と書いていたものを見たこともある。もちろん全員がそうではないが、指摘されるような裁判官が存在している事実は否定しがたい。

と、復習をしたところで本論。19時のNHKのニュースでこの報道を観た。その中で菊地直子(さんと書くべきなのかな)のコメントが報道された。曰く、最高裁判所の決定も事実関係をきちんと見て頂き、深く感謝申し上げます。これで無罪であることが確定することになりましたことは、素直にありがたく受け止めたいと存じます。(以下略)」20171227菊地直子コメント

「最高裁判所の決定も事実関係をきちんと見て頂き」とは、「一審の杉山愼治裁判長等は事実関係をきちんと見る能力に欠ける」と日本中に公表したのと論理的には同じ。そう気がついた人物がNHKにいたのだろう、21時のニュースでは赤字部分が削られて報道された。

一方翌28日の日経新聞朝刊にも菊地直子のコメントが掲載された。その部分を丸ごと引用する。
菊地直子元信者が27日に発表したコメント 無罪が確定することとなり、素直にありがたく受け止めたい。とはいえ、自分の行為が何の落ち度も責任もない方に重篤な被害を与えたことにつながってしまった。そのことをこれからの人生で重く受け止めていく。本当に申し訳ありませんでした。

最初の一文がきちんと削除されている。まるでどこかで見た構図と同じ構造・・・・。
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