fc2ブログ

風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

Entries

大崎善生とオスロの思い出

今日は鶴巻温泉での鶴巻句会。自分で言うのもなんだが、偉いことに新宿に帰ってからそのままオアシスに行きちょっとばかりの筋トレに励んだ。スキーの調子が良かったのがヤル気の原因。おだてられても木に上らないタイプだと思っていたが、歳をとっていつのまにか素直になってきたらしい。

食事をして帰って夕刊を見ると、こんな記事があった。タイトルは「平成将棋史(2)大崎善生 」、副題は「対局場近くで飲み歩く 団鬼六流 同じ空気と食 それが大事」とある。

その内容はともかく、文末にこんな一節があった。
最後に一緒に行ったのは将棋の宿としても有名な神奈川県鶴巻温泉「陣屋」。例によって対局室には一切近づかず、街を徘徊(はいかい)して歩いた。この日は広瀬章人さんがはじめてのタイトル、王位を獲得する記念すべき日となる。

鶴巻温泉の「陣屋」については先日書いたばかり→こちら。なんだか人生、こういうことがやたらと多い気がするが普通なのかな。昔、世界は繋がっている、というような記事を書いたこともあった。なお、鶴巻温泉駅の周りは閑散としたもので、飲み屋があるのかどうか疑わしいぐらい、徘徊できるような街ではないので、ここの部分はノンフィクション。

さて、以前にも書いたが大崎さんとは面識がある。

オスロ駐在時代、何かの縁でノルウェー人の将棋クラブの面々と知り合いになり、「将棋世界」の編集長だった大崎さんと膨大な量のファックスを交換し合った。成果が、大崎編集長と青野照一九段のオスロ来訪。その時の模様を、大崎さんが「将棋世界」1998年8月号掲載した。北欧訪問記ノルウェイ編」と題する12ページにわたる長編、氏の文学的才能がすでに垣間見られる。大崎さんが覚えているかどうか定かでないが、その時大崎さんに「小説家になられたらどうですか」というような話をした。肯定も否定もしなかった、というか話はそのまま次の話に移ったような気がする。
その記事の出だし 将棋世界1

記事には実名で、私との出会いの経緯やノルウェーでの内容、日本に唯一と思われる村上春樹の「ダンス・ダンス・ダンス」が手許にある経緯などが静かな文体でつづられている。数えたら、私の名前も十数回出ていた。「石油の輸入の仕事に従事している」と紹介されているのはご愛嬌、すなわち勘違い、石油開発の仕事が正解なのだが、仕事の話などほとんどしなかったからしかたない。
記事はこんな感じ 将棋世界2

左ページの下段の拡大画像。右の画像の、妻の手編みのノルウェーセーターの後ろ姿が私。右にいるのは次女。その時、妻と長女は、高校入試のため日本に帰っていた。余談だが、確か翌年には中座真七段もオスロに来て、その時は妻もいたので我が家に招待した。
将棋世界3

もう21年も昔の話、まさかこんなことを書く機会が来るとは思わなかった。
関連記事
スポンサーサイト



*Comment

Comment_form

管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。

左サイドMenu

プロフィール

時の旅人

Author:時の旅人
辰年の獅子座のO型

最新記事

カレンダー

01 | 2024/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 - -

月別アーカイブ

右サイドメニュー

検索フォーム

最新トラックバック