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風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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十二社に来ていた山頭火

俳句結社「季」の結社誌に連載中の「捨てて拾われ青い山」の底本は春陽堂書店発行の「山頭火 日記(一)」から「(八)」までの文庫本。先日、行乞生活を終え其中庵に定住する昭和7年10月20日までの記事を書き終えた。それが「(四)」まで。その後の日記を見ようと「(五)」を開くと、昭和9年の2月4日から始まっていた。

其中庵では日記を書かなかったのかな?と不審に思いつつ調べるとその後も膨大な日記を書きつつけていることがわかった。そこで手に入れたのが、同じく春陽堂書店発行の山頭火文庫「山頭火 其中日記」、2011年第一刷発行とあり、上述の「山頭火 日記(一)」は1989年第一刷発行だから12年後に二匹目の泥鰌を狙ったものと思われる。アマゾンで定価の1200円で売っていた。期待通り、日記は9月21日の庵居第一日から記されていた。

この機に底本にしている「山頭火 日記(一)」から「(八)」等の入手価格を記しておく。2013年12月にアマゾンで購入した。
山頭火 日記(一):48円
山頭火 日記(二):1円
山頭火 日記(三):99円
山頭火 日記(四):150円
山頭火 日記(五):70円
山頭火 日記(六):200円
山頭火 日記(七):200円
山頭火 日記(八):300円
山頭火文庫「山頭火 一草庵日記・随筆」:900円

この度、札幌往復の機内でそれを眺めた。この本には人名索引と地名索引が巻末に記されていた。東京の地名もいくつか記載されており、その中に新宿があった。へー、と驚き当該の日記を読む。昭和11年の4月に鎌倉から東京に移り、十日ほど過ごしていた。4月10日の日記にこんな記載があり、更に驚く。
「・・・連れられて自働車で新宿へ出て、或るおでんやで飲む。そしてまた十二社へ、酒と女とがあつた。」

十二社に関しては3年程前に記事を2本、5年前に1本書いている(暇な方はブログ内検索のほど)。今でもバス停に「十二社池の下」の名が残っている通り、子供のころまで池があった。バスの窓から池が見え、子供の目にも異質な赤い橋が架かっていて、今でもその印象は鮮烈。

今では時間に埋もれて知る人もいないが、ここは1700年第初頭の享保年間から料亭・茶屋が立ち並ぶ観光地として栄えていたらしい。遅くとも江戸末期には花柳街として名を馳せていたようだ。その頃の様子を歌川広重が「名所江戸百景」として夏の部に描いている。
歌川広重十二社

さらに数年後の万延元年、歌川芳宗は「十二荘菖蒲の図」という三面からなる大判錦絵を描いた。1860年だから明治維新のちょっと前のこと。絵は広重より芳宗の方がうまい。
十二社万延元年

そんな十二社も、1968年(昭和43年) 頃の新宿副都心計画に伴い池が埋め立てられ消滅した。

と、長い長いマクラになってしまったが、ここまでは家から歩いて15分ほど。私が御幼少の頃のわずか20年ほど前に山頭火がこんなところに来ていた。偶然とはいえこれも何かの縁、南無阿弥陀仏。
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