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風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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退院

妻の退院。11時までに退出というので10時半頃病院に着く。めでたく退院ではあるが、人口骨(インプラント)を差し入れた大腿骨はまだガラスのように弱いので、退院後二週間は絶対に転倒を避けねばならないそうだ。杖無しでも歩けるが、杖は転倒防止用、実質部屋に軟禁状態となる。その後も手術後三か月間は転倒に対して十分に注意する必要があり、その後はほぼ普通に暮らせるらしい。

退院で思い出したのが2011年の2月。万座スキー場のホテル前のプリンスゲレンデはスキー場のメインゲレンデで、幅が広く斜度も急ではない。その日、予定されていた一級のテストの仕上げとして大回りで左に曲がった時に上部からの突進してしてきたスキーヤーに背後から追突された。何だかわからなかったが背中に痛みを覚え、動かない方が良さそうという予感からじっとしたままスノーボードに乗せられ、スキー場の臨時診療所へ。呆れるほどおバカな女医に診られ(いつかこの話を書こう)、救急車で長野原の長生病院に運ばれた。レントゲン撮影で左背の肋骨が6本折れていた。ただし単純骨折だったのは幸い。

この病院、入院患者のほとんどが老人だったのだと思う。駆けつけてくれて妻が呆れて感動、写真を撮るほど粗食だった。その画像によると茶碗一杯のごはん、ニンジンと大根といもが各二切れ、少量の魚という肉じゃがもどき、漬物、少量のトマトサラダというメニューだった。このままでは体力を奪われ病気になってしまうと退院を決意、重傷であったため、妻にバスと電車、どちらが振動が少ないか試乗してもらい、7日目に退院、吾妻線と新幹線で東京に向かった。退院というより脱院。
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それに比べると、円満退院のなんと晴れがましいことか。

2011年といえば3月に東日本大震災、7月にコンチネンタルのマイレージで家族でマジェロ島を訪れ、この時の体験をもとにした句を「河」に投句し10月号に初登場となった。遠い昔のようだが思えばあれから8年余しか経っていない。




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