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川辺川ダムの悲劇

昨日の朝のワイドショーで球磨川の水害が特集されていた。番組は 「ダムによらない治水を12年間でできなかったことが非常に悔やまれる」と述べる熊本県の蒲島知事の映像で始まった。「ダムによらない治水」をするとしたら川の流水量を拡大するしかなく、全面的な川の拡幅、河床の浚渫、堤防の巨大化しか物理的な対策はない。そんなことが現実的にできるはずがなく、この瞬間は県知事にご同情申しあげた。

ところが川辺川のダム工事が進捗していたにもかかわらず、ダムの中止を推進していたのが、知事その人と知り呆然、これまで恥知らずの人間をずいぶん見てきたが、この方はかなり上位に属する。番組はしかしその点には触れず、冷静に川辺川ダムについてルポしていた。確かに記録的豪雨であったため、数十名の死亡者を含めすべての被害の元凶は地球温暖化にして一件落着になるのだろうが、経緯を検証すると明らかに人災、ダム建設に反対した連中は過失致死罪で実刑に、というのが今回の記事。

7月6日の熊本日日新聞の記事から。 熊本県南豪雨による球磨川の氾濫を受け、蒲島郁夫知事は5日、報道陣の取材に応じ、球磨川支流の川辺川ダム建設計画に反対を表明した過去の対応について「反対は民意を反映した。私が知事の間は計画の復活はない。改めてダムによらない治水策を極限まで追求する」と述べ、従来の姿勢を維持する考えを示した。蒲島知事は2008年9月、治水目的を含んだ川辺川ダム計画に反対を表明。翌年の前原誠司国土交通相(当時)による計画中止表明につながった。(中略)「気候変動は予測できず、ダムによらない治水策が未来永劫続く保証もない。次の世代が考えることもある」とも述べた
川辺川ダム完成予想図川辺川ダム完成予想図

まず川辺川ダムの予定地、球磨川の治水目的であるが、支流の川辺川に建設される予定だった。本流より支流の方がさまざまな見地から見て総合的に合理的だったのだろう、人吉上流の流域面積の40%をコントロールできる。もしダムがあれば下流の流水量を40%前後を制御できたのだろう。
ダム位置図

ここがダム湖になった 300px-Kawabegawa-2677-r1.jpg

以下ウイキペディアから。詳細にして膨大な情報が書き込まれていた。まず球磨川のイロハ。

球磨川水系は「日本三大急流」とも称され、年間降水量が2,000~3,000ミリに及ぶ日本有数の多雨地域で台風の常襲地帯であること、及び球磨川の持つ地形的要因により古くからたびたび洪水の被害を受けていた。 1963年から1965年にかけて三年連続で球磨川は過去最悪の集中豪雨に見舞われ、特に1965年の「昭和40年7月梅雨前線豪雨」では人吉市や八代市などの流域は大きな被害を受けた。

建設省は1966年の球磨川水系工事実施基本計画において川辺川に多目的ダムを建設する計画を発表、ダム建設に着手した。これが川辺川ダムである。

2013年3月末の進捗は次の通りである。なお、2013年3月末以降2020年に至るまで進捗状況は変わっていない。
用地取得(1,190件)  98パーセントが完了。
家屋移転(549世帯)  99パーセントが完了。
代替地(宅地)    100パーセントが完了。
付替道路(36.2 km)  90パーセントが完了。
仮排水トンネル 完成済み
本体着工に向けた調査・工事は実施されていない。

当初1976年の完成を目標としていたが、その後1981年、1993年、2000年、そして2008年の完成目標へと四度も完成予定を延期させていった。ダム本体工事には着手できていない。その原因は強固な反対運動が長年続いているためである。このため一向に本体工事に着手できないダム事業の代名詞として「東の八ッ場、西の川辺川と関係者の間ではささやかれているとか。

膠着の要因は、「ダム事業により生じる補償案への賛否」、「ダム事業そのものに対する賛否」、「ダム建設に基づく利水計画への賛否」が複雑に絡み合っていたこと。最終的には「ダム事業そのものに対する賛否」ということで、人命や洪水被害を防ぐという本質が忘れ去られ、反日運動の好きな日本人の一部というか大部分によくある情緒的な議論になったようだ。今回の犠牲者にはお悔やみ申し上げる。

実際、日本共産党やいわゆる進歩的文化人、朝日新聞などの一部マスコミが積極的に関与し、あるいは連携して反対運動を拡大させていった。 民主党がマニフェストにおいて「川辺川ダム計画中止」を公約に掲げていたそうだ。また、ある毎日新聞記者が1991年から4年間断続的に「再考川辺川ダム」を同紙熊本版に連載し、ダム反対の洗脳活動をつづけた。朝日新聞の放射脳やテレ朝のコロナ不安の煽動と同じ構造。当時、流域で圧倒的なシェアを誇る地元紙・熊本日日新聞の論調は、ダムに対する否定的な記事は一切見られず、むしろ川辺川ダムのPRを大々的に行う全面広告企画特集を組むなど「ダム肯定」とも取れる風潮にあった。
反対1 反対3

そんな空気の中、八代市をはじめ人吉市と相良村を除く市町村はダム推進の姿勢を崩しておらず、「例え利水目的がなくなったとしても、川辺川ダムを治水ダムとして建設して欲しい」と要望している。この背景には2006年の平成18年7月豪雨による九州南部の未曾有の被害があり、球磨川流域でも市房ダムで総降水量が746ミリを記録し球磨村や八代市で浸水被害が続発、川辺川も道路損壊や農地浸水の被害が生じたため。国土交通省は2007年に定めた「球磨川河川整備基本方針」においても、川辺川ダムを重要な事業として引き続き推進する方針を採っている。

しかし、2008年9月11日の県議会において蒲島熊本県知事は、「住民のニーズに求めうる『ダムによらない治水』のための検討を極限まで追求すべき」として、現行計画を白紙撤回することを求め、球磨川河川整備基本方針への不同意の方針を表明した。 冒頭の「非常に悔やまれる」と他人事のように伸べられた知事と同一人物。

そして2009年に行われた第45回衆議院議員総選挙において民主党はマニフェストに「八ッ場ダムと川辺川ダムの建設中止」を明記。選挙の結果、民主党が第一党となって政権交代となり鳩山由紀夫内閣が発足、国土交通大臣に就任した前原誠司は9月17日の記者会見で川辺川ダム建設事業の中止の意向を明言した。
反対2

それから11年、今回の被災。ダム建設に反対した連中は過失致死罪で実刑に、の根拠の証明、おしまい。

反対4
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