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風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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音楽を創った絵画

7月に、音楽プロデューサー 松田亜有子氏が「音楽を創った絵画」という10回のコラムを書いておられた。第一回がこちら。絵とタイトルの異様なアンバランスから目を惹かれた。
20200902音楽を作った絵画1

絵画は作曲家たちにインスピレーションを与えてきた、氏はこう書き始める。全く存じ上げないのだが多分一流の方なのだろう、文章もうまい。
北斎の浮世絵がモネやゴッホに影響を与えたことは有名だが、北斎はフランス生まれの2人の天才音楽家にも衝撃を与える。「神奈川沖浪裏」のうねる波に注目したドビュッシーの交響詩「海」、3隻の小舟に着想を得たラヴェルのピアノ作品「洋上の小舟」。同じ絵に対して、視点は違えど、当時の西洋人がアジアの文化に関心を持っていたことが窺える。

自慢するわけではないがこの事実を全く知らなかった。昔々、ピエール・ブーレーズ指揮のドビュッシーの交響詩「海」のLPを購入した。このアルバムの表紙がこちら、「神奈川沖浪裏」だった。ドビュッシーのアルバムに北斎の絵という組み合わせに強い違和感を覚えていたが、数十年後に初めて謎が解けた。この話にある種の衝撃を覚えずにはいられなかった。
海

こんな話を10話も書けるというのは尊敬に値するが、もうひとつ印象的なのがルドンの絵と武満徹の話。

ルドンには何か惹かれるもの覚えていたが、氏によればドビュッシーら音楽家とも活発に交流し、自らもピアノやヴァイオリンを嗜んでいたそうだ。「交響曲の画家」と自称していた彼が目指したのは、眼に見える現実社会を描くことではなく、言葉では言い表すことのできない魂の内面世界を描くことだったそうだ。以下こう続く。

1968年、武満徹は吹雪による空港閉鎖で、1週間近くシカゴで足止めをくっていた。そこで出合ったのが、フランスの画家オディロン・ルドンの「閉じた眼」だ。「見えるものの法則を見えないものに奉仕させる」と述べたルドンに共鳴するかのように、武満はルドンの眼を「記憶の眼差(まなざ)し」だと捉えた。母性や原始の記憶といった「はっきりした形をなさない時代の記憶」を人間は持っているのではないか。そう考えた武満は、偶然の出合いから10年余りのちに『閉じた眼』を作曲する。

見えないものを描こうとしたルドンの思いが、武満との邂逅(かいこう)によって「音」になったことの必然と奇跡を思わずにはいられない。

20200902音楽を作った絵画4

知らない画家や曲も多かったが、知っている画家や曲に関しては目からうろこのような話ばかり。「絵画は作曲家たちにインスピレーションを与えてきた」、画家がすごいのか作曲家の感性が素晴らしいのか。そういえば「展覧会の絵」という直截的な曲もあったな。
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