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風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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八王子城

一日遅れのお彼岸の墓参り。昨日「季」の次号の打ち合わせのため、先生宅に車で行くつもりで朝の高速道の状況を調べると東名は用賀からの大渋滞、結局電車で行った。その時中央道も見てみたが高井戸から八王子までやはり大渋滞だった。しかし一夜明けた今日はすんなり圏央道経由で行って一時間ちょっとだった。やはり年寄の墓参りは平日に行うべきだろう。平日にもかかわらず墓参りのお年寄りの方がけっこう多かった。
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今日は、長年の夢であった八王子城址に帰りに寄る計画。霊園からすぐそばであることは昔から気がついていたが、長年実行する機会がなかった。

八王子城は北条氏の本城である小田原城の支城であり、関東の西に位置する軍事上の拠点。北条氏政の弟・氏照が1571年頃より築城し、1587年頃に本拠とした。氏照は当初、大石氏の滝山城に拠っていたが、小田原攻撃に向かう武田信玄軍に攻められた際、(廿里古戦場、三増峠の戦い)に滝山城の防衛の限界を感じて本拠を八王子城に移した。織田信長の築城した安土城を参考に石垣で固めた山城構築を行ったという、由緒正しい山城である。

この城も、小田原征伐の一環として1590年7月24日、天下統一を進める豊臣秀吉の軍勢に加わった上杉景勝、前田利家、真田昌幸らの部隊1万5千人に攻められわずか半日で落城したと伝えられている。
202109八王子霊園

国の史跡だそうで立派な駐車場と資料館がある。
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入口近くにある模型図。実は今回何も調べずなんとなくXX城址公園のような気分で来たのだが、本丸は尾根を登った山の頂上にある。真田の岩櫃城と同じ。高低差は200メートルもあるから距離は短いがちょっとした山登りと同じ、本丸までは約40分の山道だった。
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城の入口。神社があるので鳥居がある。
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これが山道。公園と名がついてはいるものの、これは公園とは呼ばないだろう、と書いてところで北アルプスは上信越山岳国立公園という名前だったことに気がついた。
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途中で東に開けた区間があった。新宿まで一望。
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神社の麓。この二本の杉、もしかしたら北条の時代からの杉かもしれない。
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八王子神社。ほとんど廃屋である。
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神社から少々上ると本丸跡。岩櫃城よりは広いが所詮狭い。たぶん小屋のような姿の砦だったのだろう。途中にいくつかXX丸という曲輪があるがいずれも狭く、この山城に籠った戦力は100人もいなかったのではないか。道も典型的な山道で、豊臣側の戦力、一万は絶対に入れない。
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この城、遺構は何も残っていない。岩櫃城は空濠の跡などがあるが、ここにあるのは地形だけ。兵どもが夢の跡。
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