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2021.11/09 [Tue]
古代のゴールド
今も昔も人をひきつけるゴールド。古代の人たちが作り出した品々は不思議な魅力に満ちている。
という書き出しで、先週から日経新聞朝刊の最終ページの文化蘭で「古代のゴールド十選」という連載が始まった。宝飾史研究家山口遼氏によるもので、世界のたぶんあまり知られていないであろう古代の金の宝飾品が紹介されている。
古代の金の宝飾品というとツタンカーメンのマスクとアガメムノンのマスクがまず目に浮かぶ。
1925年のハワード・カーターにる王家の谷のツタンカーメン墳墓の発見は有名な話なので割愛するが、物理探査機もない時代の発見はやはり偉業だろう。オスロの駐在時代に王家の墓を訪れたことがあるが、観光地化されているとはいえ、自然地形は草木一本ない岩と砂の谷だった。この黄金のマスクの制作時代は紀元前14世紀。
アガメムノンのマスクは1876年にハインリヒ・シュリーマンによって発見された。シュリーマンの発掘物語も有名だがあまり覚えていない。このマスクはさらに古く紀元前16世紀制作とウイキペディアにあった。
いずれも日本でいえば縄文時代、人々は竪穴住居に暮らし、土器を作っていた時代だ。

では「古代のゴールド十選」から。アイルランドの先住民族であったケルト人は金銀を使った極めてユニークな作品を残しているらしい。ラ・テーヌ文化と呼ばれるケルトの文明は文字で文化を残すよりも、こうした見事な金細工品を作ることで、その存在を後世に伝えようとしたと思える、この船は、そうした遺品の中の最高のものだとの山口氏のコメント。大陸はローマ共和国時代で、シザー(カエサル)の名が見えるのはこの頃。
紀元前1世紀
こちらはペルー産。インカ帝国かと思うと大勘違いでその1500年も前の話。当時はチャビン文化か前期ナスカ文化期ぐらいの時期にあたるようだ。出所の記述はないが、ナスカ文化とは明らかに異なる極めて高度の文化が存在したようだ。恐ろしく細くて繊細な金線を使って蜘蛛の巣のような形を作り、4カ所の空間に手足を広げた4匹の蜘蛛を配している。この地域の先住民族の金銀加工技術は、想像を絶するもので、これも紀元前1世紀から後2世紀頃のもの、この細い線をどうやって張り巡らせたのか、今でも分からないし復元もできない、との氏のコメント。
紀元前1世紀~後2世紀
スーダンのメロエの遺跡から発見された黄金細工。人間と思われるような形を横につなぎ合わせたネックレスかブレスレットに見えるが、この人型、アンクと呼ばれるもので、我家の山荘のトイレにも大きな金色のアンクを飾ってある。古代エジプトで使用された「生命」あるいは「生きること」を意味する言葉で、それを表わすヒエログリフを象ったものは護符(お守り)や装飾の図柄として良く使われている。
スーダンとあるから、当時のエジプト王国プトレマイオス朝の勢力はスーダンまで及んでいたんだ、と思ったが、今調べてみるとこれも勘違い。クシュ王国という黒人による王国が繁栄しており、同国がメロエ島に遷都して以後をメロエ王国と言うそうだ。ただ、エジプト王国の影響が大きかったことは想像に難くなく、このネックレスも紀元前1世紀末ころのアマニシャケトと呼ばれる女王の持ち物だったそうだ。見てきたように書けるのはヒエログラフも残っていたのだろう。
紀元前1世紀
話はアンクに戻る。アンクはヒエログリフにおいては Ankh や Anx 音を表す文字としても用いられており、ツタンカーメンも Tut-ankh-amen の ankh の部分にこの文字が用いられている。ということでツタンカーメンのカルトゥーシュを確認。ツタンカーメンの墓から発見された玉杯に確かにアンクの文字が見える(左のカルトゥーシュの真ん中左側)。

さて、古代のゴールドツアーのついでに現代の金の価格について。まず2019年初めから今日までの約3年間の金価格推移。金価格と言っても地金からETF、円建て外貨建てといろいろあり、これは金のETFの価格推移で、概ね金地金のグラム単価に等しい。しばらくグラム4000円台でもみ合っていたが、2019年半ばから動意づき、現在は6000円前後での高値もみ合い状態。


という書き出しで、先週から日経新聞朝刊の最終ページの文化蘭で「古代のゴールド十選」という連載が始まった。宝飾史研究家山口遼氏によるもので、世界のたぶんあまり知られていないであろう古代の金の宝飾品が紹介されている。
古代の金の宝飾品というとツタンカーメンのマスクとアガメムノンのマスクがまず目に浮かぶ。
1925年のハワード・カーターにる王家の谷のツタンカーメン墳墓の発見は有名な話なので割愛するが、物理探査機もない時代の発見はやはり偉業だろう。オスロの駐在時代に王家の墓を訪れたことがあるが、観光地化されているとはいえ、自然地形は草木一本ない岩と砂の谷だった。この黄金のマスクの制作時代は紀元前14世紀。
アガメムノンのマスクは1876年にハインリヒ・シュリーマンによって発見された。シュリーマンの発掘物語も有名だがあまり覚えていない。このマスクはさらに古く紀元前16世紀制作とウイキペディアにあった。
いずれも日本でいえば縄文時代、人々は竪穴住居に暮らし、土器を作っていた時代だ。


では「古代のゴールド十選」から。アイルランドの先住民族であったケルト人は金銀を使った極めてユニークな作品を残しているらしい。ラ・テーヌ文化と呼ばれるケルトの文明は文字で文化を残すよりも、こうした見事な金細工品を作ることで、その存在を後世に伝えようとしたと思える、この船は、そうした遺品の中の最高のものだとの山口氏のコメント。大陸はローマ共和国時代で、シザー(カエサル)の名が見えるのはこの頃。
紀元前1世紀

こちらはペルー産。インカ帝国かと思うと大勘違いでその1500年も前の話。当時はチャビン文化か前期ナスカ文化期ぐらいの時期にあたるようだ。出所の記述はないが、ナスカ文化とは明らかに異なる極めて高度の文化が存在したようだ。恐ろしく細くて繊細な金線を使って蜘蛛の巣のような形を作り、4カ所の空間に手足を広げた4匹の蜘蛛を配している。この地域の先住民族の金銀加工技術は、想像を絶するもので、これも紀元前1世紀から後2世紀頃のもの、この細い線をどうやって張り巡らせたのか、今でも分からないし復元もできない、との氏のコメント。
紀元前1世紀~後2世紀

スーダンのメロエの遺跡から発見された黄金細工。人間と思われるような形を横につなぎ合わせたネックレスかブレスレットに見えるが、この人型、アンクと呼ばれるもので、我家の山荘のトイレにも大きな金色のアンクを飾ってある。古代エジプトで使用された「生命」あるいは「生きること」を意味する言葉で、それを表わすヒエログリフを象ったものは護符(お守り)や装飾の図柄として良く使われている。
スーダンとあるから、当時のエジプト王国プトレマイオス朝の勢力はスーダンまで及んでいたんだ、と思ったが、今調べてみるとこれも勘違い。クシュ王国という黒人による王国が繁栄しており、同国がメロエ島に遷都して以後をメロエ王国と言うそうだ。ただ、エジプト王国の影響が大きかったことは想像に難くなく、このネックレスも紀元前1世紀末ころのアマニシャケトと呼ばれる女王の持ち物だったそうだ。見てきたように書けるのはヒエログラフも残っていたのだろう。
紀元前1世紀

話はアンクに戻る。アンクはヒエログリフにおいては Ankh や Anx 音を表す文字としても用いられており、ツタンカーメンも Tut-ankh-amen の ankh の部分にこの文字が用いられている。ということでツタンカーメンのカルトゥーシュを確認。ツタンカーメンの墓から発見された玉杯に確かにアンクの文字が見える(左のカルトゥーシュの真ん中左側)。

さて、古代のゴールドツアーのついでに現代の金の価格について。まず2019年初めから今日までの約3年間の金価格推移。金価格と言っても地金からETF、円建て外貨建てといろいろあり、これは金のETFの価格推移で、概ね金地金のグラム単価に等しい。しばらくグラム4000円台でもみ合っていたが、2019年半ばから動意づき、現在は6000円前後での高値もみ合い状態。


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