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風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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大英博物館とテート美術館(追記付き)

「再生ミュージアム十選」という書き物が日経新聞朝刊の文化面に進行中で、今朝は第3回、どこだこれは?と思った画像、なんと大英博物館だった。原型は1846年の建築、全体に重厚かつ厳かな雰囲気で、正面玄関はギリシャ神殿の雰囲気が醸し出されていた。それが2000年に大改造されたそうだ。写真で見ると、旧大英博物館の雰囲気が見事に破壊されたように見える。

しかし、建物には一切手を触れていないそうで、中庭に巨大なガラス天井を設置したらしい。中央のガラスの天蓋を放射する白亜の円形建築はギャラリーとして機能しているとか。いつの間にかというか20年以上昔に、大英博物館がこんな大変身をしているとは全く知らなかった。
20230221大英博物館

「再生ミュージアム十選」は17日から掲載され、第1回目はテート・モダン。
20230217テート・モダン

二十世紀末、というかオスロ駐在中にロンドンへ出かけると必ず寄っていたのがピムリコにあるデート美術館。ビッグベンや国会議事堂エリアからテムズ川沿いに南に歩いて行けるほどのところに位置する。ここは、知る人は多くないと思うがラファエル前派の画家たちの珠玉の絵画の宝庫。

ラファエル前派というのは19世紀の中頃のヴィクトリア朝のイギリスで活動した画家たちのグループで、デート美術館にはダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ、ウィリアム・ホルマン・ハント、ジョン・エヴァレット・ミレイ、アーサー・ヒューズ、エドワード・バーン=ジョーンズ・ウィリアム・モリス、さらにターナーやコンスタンプルの絵が溢れるように展示されている。

ノルウェーから帰国した後、ノルウェー領北海に保有していた油田の売却を決め、売却先として油田のオペレーターであるBPと売却交渉を進めた。2001年、最終交渉のためロンドン郊外のBP本社を訪れ、売却金額を妥結、売買契約を締結した。まるで一人で決めたようだが、実際油田権益の売却の決定から、売買契約書の下書きの作成、調印まですべての交渉は全権大使のように一人で行った。ただし会社の事前了解は全て得ている。

全ての仕事を終えてロンドンに戻った。この時、テート・モダンが新たにできたとのニュースを聞いていたので、テート美術館は閉館になり新たなテート・モダンに移ったと思い込んでいた。いざテート・モダン訪れてみると、ラファエル前派の影も形もなく珍妙な現代絵画ばかり。訳も分からず淋しい思い出帰国の途についた。

今回の新聞の第一回の記事で、初めてテート美術館はそのままの姿でテート・ブリテンとして存在することを知った。テート・モダンの写真を見て20年前のことが一気に蘇り、ブログに書こうと思っていたのだが、奇しくも3回目が大英博物館だったのでまとめて始末。

なお、その後長女がロンドン駐在となってイギリスを訪れたものの、テート美術館も大英博物館も訪れる暇はなかった。

(22日記:ブログを見た長女から、「テート美術館に行ったよ」、との指摘があり、当時(2015年4月)のブログを見ると確かに行っていた。テート・ブリテンと正しい美術館名を記し、ミレーの「オフィーリア」の写真も貼ってある。帰国便が夜行なので、帰国前に寄ったようだ。この時のメインがコーンウォール州のランズエンドを巡る旅だったのと、帰国直前だったこと、そして8年近く昔のことだったので記憶から消去されたらしい。その日のブログ記事→こちら


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