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風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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句会での椿事

昨日今日と連日の句会が続いた。少々ほろ酔い加減でもあり、ブログをパスしようと思ったが、少なくも二日間は空けないという弱い原則のようなものがあるので筆を進めている。政経倫社のカテゴリーには記事の在庫が大量に溜まっているのだが、このカテゴリーの記事は図表の制作に加え、けっこう関連データや資料の収集の手間もかかり、かつ頭がしっかりしていないと書けない。

ということで、先日の句会から。この句会、参加者は講師を入れて10名、一人6句を投句するから全部で60句になる。互選は一人7選。すなわち選の数は63個となる。また講師の師匠の選は今回22句であった。

各自の選句が終わり、披講、すなわち各自の選の結果の発表に移った。なかなか自作が評価されず点が入らない。点が入ろうと入るまいと何事も無いのだが、結局2点、すなわち63個の選の内二つしか得られなかった。内心えーっという感慨を禁じ得なかったが、続いて師匠の選の披講に移った。

最初の師匠の評価句、以下丸の句と書く、が自句だったのでほっとした。続いての丸がやはり自句。そして3個目の丸の句も自句だった。さすがにこの時点で大きなざわめきと共にチャチャが飛び交う。さらに他の丸の句一句を挟んで5個目の丸の句も自句であった。こうなると皆沈黙。結局6句の投句中5句が丸。

互選での選の取得率が3%だったのに対し、師匠の選では23%の取得率。

すごいでしょ、というのが記事の主旨ではない。俳句を芸術と呼ぶかどうかは別にして、小説、絵画、音楽などどの分野においても人の好き嫌いの分散というか偏差は著しい。それぞれ人の好みは大きく異なる。価値観が異なると言った方が正解かもしれない。

ただ一般に小説、絵画、音楽と言った時に、それぞれ数百万、もしくは数千万人の愛好者がいる。そのため、個々の小説家や画家、ミュージシャンに対する評価が分かれても、それぞれ個々のファンは多数にのぼり住み分けしているというのが現実。演歌の愛好者の世界にYOASOBIが参加しても、喝采を受けることはないだろう。逆もまた真なり。

一方、通常の句会では10人前後の俳句愛好者の世界。句会という同じ世界に住んでいるようだが、実は句に対する価値観の差は大きくかつ参加者も少ない。もし師匠がいなかったら寂しく帰ることになっていた。この現実を如実に示したのが今回の椿事だったと思われる。

音楽美術文学芸能というカテゴリーでも多数の記事を記しているが、思い返せばとり上げているのはどちらかと言えば、マイナーな、世間の大多数には知られていないか評価されていない人ばかりであったことに気付く。外側から眺める分にはそれで十分しあわせだが、俳句では外側ではなく内側にいる。そうなると大多数に評価されないというのはしあわせ感に欠けることになるが、しかたないといえばしかたない。わかる人にはわかってもらえる、ということでいいのだろう。その点で藤沢先生が亡くなられ、「季」が廃刊となったのは改めて寂しいことであったと思わざるを得ない。
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