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風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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伊藤新道2

夜帰宅して何気なく朝刊を開くと、朝は気が付かなかった「『伝説の登山道』、長野で復活祝う 北アルプスの伊藤新道」なるマメ記事が目に止まった。しばらく前に確か伊藤新道の記事を書いたよな、と思いブログ内検索を行うと、昨年の9月に熱く語っていた→こちら

アルバムを引っ張り出してみると、1976年の8月下旬に4泊5日で歩いていた。大学院の2年生の夏で同行は4年生だったY君。彼も若いころから山に行っていた若いけどベテランだったので、人の行かない伊藤新道を歩くことにした。46年前のことである。」というのがその時のブログの一節。

日経新聞朝刊 20230820伊藤新道2

豆記事なので、丸ごと引用。たぶん、この記事を見て何らかの感慨を抱く人は稀有なことだろう。記事にあるように40年前の1983には通行困難になり、また通行可能であった1976年でも道は荒れ、床がすべて抜け落ちた吊り橋さえあった。4本のワイアーは無事だったのでそれを伝って渡るしかなかった。それほど川面から高い橋ではないとはいえ、思えばよく渡ったと思う。歩いたことのある人が稀有だと断言する所以。

長野、富山両県を結ぶ北アルプスの登山道「伊藤新道」の復活を祝うイベントが19日、出発点となる長野県大町市の湯俣温泉で開かれた。約40年前に廃道となった「伝説の登山道」が20日に本格開通するのを前に、登山ファンや山小屋関係者ら約300人が集まり喜びを分かち合った。

伊藤新道は湯俣温泉から、鷲羽岳(2924メートル)と三俣蓮華岳(2841メートル)の間にある富山市の三俣山荘までをつなぐ約10キロの登山道。山荘を経営する伊藤圭さんの父が私費を投じ、1956年に完成した。開通後、付近のダム工事で水位が上昇し、つり橋が流されるなどして83年ごろには通行が困難となった。


北アルプスの伊藤新道は下図の青のルート、北アルプスの最奥へいきなり達することのできる唯一の登山道である。図は国土地理院の20万分の1の地形図で、当時から山に行く度に歩いたルートを赤で記してきた。裏銀座の烏帽子岳への登山口から湯俣温泉まで(図上の垂直線部分)は今は湖底に沈んでいる。まさか二度も伊藤新道について書くことがあるとは思いもしなかった。70年も生きているといろいろなところで過去と出会う。

20220925伊藤新道20万図
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