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風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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わが俳句創世記

「山悠会」、初心者のハイキング同好会でしかないが、個人的にはふとした偶然から俳句を始めるきっかけになった運命的な同好会であった。この機に俳句の世界に入った経緯をきちんと書いておこうと思う。

同好会を初めてから二三年後の2007年8月に、初の泊りがけの山行の旅を計画した。目的地は乗鞍岳と御嶽山、いずれも3000メートル級の山である。「山悠会」に相応しく乗鞍岳は山頂付近まで車で行くことができ、山頂までは一時間もかからなかったと思う。一方、御岳山は高度差1000メートルを登らねばならぬ本格的な山、後に大噴火で多くの犠牲者を出したあの山である。企画が企画だけに参加者は多少山に慣れたメンバーだけだった。

当時から会社では一人一台のパソコンを与えられているのでコミュニケーションは楽。山から下りてから、主催者としてメンバーに写真を送付した。またメンバーに社内の俳句同好会のメンバーがいたので、戯れに俳句のようなものも添えた。メールを書くついでに写真を見ながら作ったもので、ほとんど時間をかけたもので即吟、俳句の素人だったためだろう。

その句が残っている。俳句を始めたのがこの年なので、全ての自作句がパソコンに残っているのは幸運だった。人生で初めて作った九句がこちら。恥ずかしいので公開したことはなく、今回が初公開。
   登山靴締めて見つめる雲の中
   またひとり霧が飲み込む登山口
   夏の原紫煙の先の御嶽山
   白妙の人皆美しき登山口
   夏山や霧に溶け込む法螺の音
   霧にぬれ見る人もなしイワカガミ
   炎帝の空は吾ため御嶽山
   一の池夏雲の果ては未来なり
   蕎麦食えば驟雨光て山青し


これを、俳句をやっているメンバーが俳句同好会の先生で、今も私の俳句の師匠である上川謙市師(実は同学年)にこっそりと送り、師から全句についての初心者に対するものとしては丁寧な講評をいただいた。講評の最後の一節。

以上思いつくままに感想を述べました。分かりづらいかもしれません。もし疑問があれば、遠慮なくおっしゃってください。XXさんは、全体として、俳句のリズムを良くとらえてる方だという印象です。

これをきっかけとして会社の同好会に参加することとなった。

初句会は同年2007年の9月の例会から。初心者対象とあって四句の投句。そのときの講評と添削結果も記録していたのでこちらも初公開。兼題は月と松茸だった。

   谷底に眠る村あり寝待月
           寝待月は重複、→谷底に眠る村あり月今宵(今日の月)
   極楽や松茸飯の後のお茶
           極楽は言いすぎ、後の句で雰囲気は十分、→湯気上げて松茸飯の後のお茶
   丑三つの闇は木槿を浮かべたり
           時間を限定しすぎ、→山深し闇は木槿を浮かべたり
   コスモスに蝶降り言葉途切れたり
           意味不明、妻を入れることに問題なし、→コスモスに蝶降り君は黙したり


俳句を初めてから購入した本の一つが「漂泊の十七文字 魂の一行詩 角川春樹」、この中に「ランティエ」に関する記述があった。角川春樹事務所が出している無料雑誌で、、魂の一行詩という連載があり、メールで投稿、角川春樹の選を受けられるという。運よく、いつも昼休みに寄っていた会社の近くにジュンク堂書店に「河」誌と「ランティエ」が平積みにされているのを発見、これらは無料で持ち帰ることができた。

ここからが吾が俳句人生の第二幕、俳句を初めてから一年ちょっとを経過した2008年12月句会に投句した「聖樹の灯あなたのいない水たまり」という句をランティエに初めて投句したのである。たぶん2009年の1月か2月なのだろう、これが4月号に角川春樹の「秀逸」という評価でランティエに掲載された。

社内の同好会しか知らない俳句初心者にとって、自句が全国誌に掲載されれば喜びは隠せない。その気になって以降毎月投句した。その結果6月号から9月号まで毎月「秀逸」もしくは「特選」として掲載された。その4句を記しておく。

     鰤起し西に戦火の海がある   (6月、秀逸)
     寂寥と砂に書いた日雁供養   (7月、秀逸)
     盲たる花守の眼に花の海    (8月、特選)
     半夏生愛なき夜が饐えてゆく  (9月、特選)


特選を得た2009年8月号と9月号の誌面(画像をクリックすると別画面として開き、拡大して詳細を読めますのでお暇な方はどうぞ)。
20231016ランティエ2

20231016ランティエ1

しかし残念なことに9月号の「ご好評をいただきました『魂の一行詩』は今号で最終回となります」との「お知らせ」をもってこの企画は終了、角川春樹との縁も途絶えた。

「河」に入会したのは二年後の2011年8月、「河」十月号の「河作品」五句欄に初登場となった。2009年9月にそのまま「河」に入会しなかったのは、俳句を初めて2年の会社の句会しか知らない自分にとって、結社の会員になることに全く自信なかったためだった。角川春樹の特選を得ることの価値を知ったのはずっと後年になってからのことである。


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