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風の行方とハードボイルドワンダーランド

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私の履歴書(12):アメリカ編1000億円の損失(完成版)

アメリカでの大規模なシェールガスプロジェクト、マーセラス事業の権益取得手続きを完了、正式に同プロジェクトのパートナーとなったのが2010年3月。当時はアメリカでのもう一つの大規模プロジェクトである「BPとの共同探鉱事業」として、メキシコ湾沖合80 km、水深1,522 mのMacondo(マッコンドー)プロスペクトでの試掘井掘削作業が進行中であった。メキシコ湾では最も生産性の良いことで知られている中新世の砂岩を目的層とし、後述するがBPとの長期アライアンス関係を構築後のいくつかの失敗の後にBPが与えてくれた極めて有望な試掘井であった。成功すればマッコンドー油田として、マーセラスに次ぐ当社にとって優良な資産となる。掘削には半潜水式リグ、「ディープウォーター・ホライズン」が使われた。

試掘作業に入ってからは私の職掌からはなれ、掘削作業の専門家が日々の作業報告をモニターしていたので詳細は知らないが、同年4月20日、試掘井掘削作業中に、大規模な爆発火災事故が発生した。すでに原油を発見、生産性も極めて良好な故に本井を生産井として後日活用するため仮廃坑作業中に石油が暴墳したもの。リグは沈没、海底近くで破損した坑井からの原油の流出を止める術はなく、生産性が良いゆえに大量の原油が流出した。これが「メキシコ湾原油流出事故」である。
Maccondo1.jpg 

Maccondo2.jpg

ウィキペディアには「BPによると7月16日までの原油流出量は約78万キロリットル(490万バレル)」とある。490万バレルという量は大型タンカー(VLCC)2隻分に相当するから、過去のどんなタンカーからの原油流出事故よりも被害が大きいのは明らか、人類史上最悪の原油流出事故といっていいだろう。
20231121VLCC.png

試掘井マッコンドーの権益保有者は3社、うち一社がわが社、このプロジェクトを推進、実現させたのが私であった。これら3社は権益保有者としてほぼすべての事故の損害賠償を負担せねばならない。
20231121権益比率

当社がマッコンドーの試掘に参画した経緯を記しておく。2000年代半ば、当社はアメリカにおいてすでに小規模なプロジェクトに参加していたが語るべきものはない。転機は2007年3月に、BPからメキシコ湾浅海部における大深度の探鉱プロジェクトへの参画機会であった。探鉱密度の高いアメリカでも未知の、すなわち過去に試掘されたことのない目的層準であった。言い換えればあまりに深く誰も掘削を試見ることのなかった未知の探鉱プレイであった。試掘井はWill Kという名で、目標深度は27,000ft(約9,000メートル)、ほぼ1年をかけて掘削する予定であった。

未知の層準の超大深度の試掘井となれば、通常の探鉱リスクに加えて、ガス層の性状や掘削技術上の困難などの不確実性は極めて高い。よって、通常の試掘井10本ぐらい(よく覚えていないが)と極めて巨大なリスクマネーの投資が必要となる。見送りにするのは容易であったが、BPとはノルウェー時代から共同事業を進めていたことから、同社のスタディに対する奥深さを実感しており、また地球上に残された数少ない巨大フィールドの探鉱に参画できる稀有な機会であるとして、本件への参画を決めた。

この時、社内の承認を得るにあたり、BPとの探鉱案件は1坑だけの成果に関わらず(失敗し金を捨てる結果になることが多い)BPの技術を生かすためには複数の探鉱案件に続けて参画せねばならない、という方針を確立した。これがマッコンドーという超優良な試掘事業に参画できた背景である。

Will Kは様々なトラブルに見舞われ、作業期間は計画を大幅に超過した462日、掘削深度は28,400、メキシコ湾歴代2位の大深度掘削深度を記録した。ガス層を発見することはできたが商業性を確保するまでには至らなかった。

また2007年には次のBPの共同事業としてメキシコ湾の有望鉱区群に共同入札するも、対象鉱区の一部だけの落札に終わった。BPの当社担当の責任者とは気も合い懇意にしていたこと、Will K試掘の巨額の失敗にも拘わらず文句も言わず共同事業を継続していたこともあって、2009年半ばに、落札鉱区の当社権益分のスワップとしてマッコンドーへの参画機会を得ることとなった。

さて史上最大の原油流出事故となったマッコンドーのその後について。巨大タンカー2隻分の原油が流出したとなればその損害は計り知れない。数多くの悲惨な画像も多数アップされていたがちょっと自虐趣味と誤解されるので画像はパス。

賠償金が莫大な額に上るのは明らかだったが、今後多数の損害賠償の請求と訴訟が予想され、どの程度で収まるのかはその目途は不明だった。当社の権益比率は10%、それに応じてBPからは小刻みに請求書が届いたが、支払いを停止し、2011年からBPとの和解交渉を始めた。同年中にBPとの和解交渉が成立、BPが当社の権益分のすべての費用を負担するとともに、当社が一時金として約10憶ドル、1000憶円相当を支払うという内容である。一言で言えばBPに対し約10000億円の手切れ金を払って事故からのかかわりを回避したということになる。

この件については英語版のWikipediaに「In May 2011, MOEX Offshore, which owned a 10% stake in the well through a subsidiary and which in turn itself was majority-owned by Mitsui & Co., agreed to pay US$1.08 billion to settle BP claims against it over the accident.」なる記述があるので、守秘義務違反ではないので念のため。

また、BPとの和解契約では対象外になったアメリカ連邦政府との和解交渉においても1億ドル(約100億円相当)近い支払いを要求された。

BPとのアメリカでのいくつかの探鉱投資事業、必要な会社の経営上の手続きは全てきちんと踏んで進めているものの、プロジェクトの詳細を詰め評価をして推進実行してきたのは私。会社は「そのおかげで」1000憶円を超える損失を被ったに等しいが、会社からもはまるで何もなかったように、懲戒どころか一言の叱責も後ろ指もなく(鈍くて気付かなかっただけ?)、一方当然ながら「ご迷惑をおかけしました」等の言葉を発することもしなかった、というか考えもしなかった。当然と言えば当然で、事故がなければ日本でも稀有なメキシコ湾での大油田発見であり、事故は私の責任ではなかったから。

今年の春にBloombergニュースでこんな記事が流れたので記事にした。その時の書き出し「他人ごとではあるのだが、傍から見れば会社の大損失の責任者と見做されそうな事故を在職中に経験したので目に留まった。忘れそうなので書き留めておく」。
20220312数千万ドル

記事は数千万ドルの損失を出したモルガン・スタンレー)のトレーダーが退社を余儀なくされたというもの。数千万ドルというのは10憶ドルの20分の一に過ぎない。

思えば、自分が主導してきたプロジェクトで1000憶円の損を出した会社員というのは日本経済史上最大かもしれない。そして何事もなかったように再雇用に一年間だけ応じて辞めるまで、アメリカやカナダに新規プロジェクトの機会を求めて飛び回った。


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