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風の行方とハードボイルドワンダーランド

再雇用の機会を捨て自由な時と空間を・・・ 人は何のために生まれてきたのだろうか? これから本当の旅がはじまる・・・

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我が世誰ぞ 常ならむ

毎年恒例の我武者羅会の忘年会。

「我武者羅会」について初めて記事に書いたのはいつだろうと検索すると2013年の12月だった。そこに概要があったのでコピペ。

「我武者羅」というのは、知り合いの方が趣味が高じて開いた大久保にあった碁会所。過去形なのは体を悪くして店を畳んだから。その時のメンバーが集まって、我武者羅会として新宿のある碁会所の屋上の小部屋、といっても碁盤が10面置いてある、で毎週火曜日碁会を開いている。今日はその忘年会。14名が集まった。有名な元大学教授や元某国立大学の憲法学者女史、某劇団の俳優、某碁会所の支配人、プロ棋士の奥さま、そして健康を回復された元席亭等々、多彩な人の集まり。私が下から3番目だから結構皆さん年配。


さらに過去を辿るとその方(Hさん)が大久保に、建築事務所として保有していた一室に碁会所を開いたのは2000年ごろ、オスロから帰任して一二年後のことだった。1999年に帰国しその年の暮に父が逝去、翌年母の知り合いだった家の息子であったHさんが家に来た時、私が碁を打つというので仏前で碁を打った。名前は聞いて知っていたが、その時が初対面、今度碁会所を開くので来てくれ、というのがきっかけだった。

今回の忘年会は新宿の某所。参会者は29名という大忘年会になった。ゲストとして、上流本因坊4期、女流棋聖5期というプロの女流棋士も参加してくれている(誰であるかは、碁が趣味の人にはわかるだろう)。タバコ休憩でビル内の喫煙所でタバコをふかしていると、29名という盛会だが2000年ごろからのメンバーはHさんを除くと3人しかいないことに気付いて、しばし茫然、感慨深いものがあった。

20231219-1.jpg

思えば俳句の城西支部、私が初参加した2014年1月に参加していたメンバーで残っているのは5人だけ。今、その時の参加者数を数えると22名、現在も「河」に在籍して城西に来ないだけの人が3人いるが、後は「河」からも消えた。

となると「河」誌全体ではどうなのかが気になる。「河」に初投句が掲載されたのは2011年10月号。「河」誌はヒエラルキーがあって、無鑑査同人、銀河集、半獣神、会員の4つのグループに分かれて紙面投句が掲載される。今月号に掲載されたメンバーをグループは違っていても2011年10月号に掲載されたメンバーと対照すれば何名残って何名消えたかがわかる。「河」会員全員を対象とした集計ではないが、3つのグループの部分集合においては12年間で約6割の会員が上位のグループに属しながら「河」を去ったことがわかった。亡くなった方も少なからずいるだろうが、自己都合で止めた人もけっこう多いような気もする。

・無鑑査同人:  5名残   7名消失
・銀河集:    13名残  21名消失 
・半獣神:   101名残 157名消失

大小三つの集団の残存率が示すのは浮草のような人と時の流れ。なんとも趣深い。

「色は匂へど 散りぬるを 我が世誰ぞ 常ならむ 有為の奥山 今日越えて 浅き夢見し 酔ひもせず」
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