風の行方とハードボイルドワンダーランド

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ピケティ批判:格差の起因とべき乗則

今日は、北風が強いながらというか強いから、朝から「空一枚の青さかな」という風情。たまたま妻の勤め先が、お客さんが少ない時期いう理由で今日を休みとしたため、朝から赤羽GCで二人で1ラウンド。のようなことを記そうと思っていたら、NHKクローズアップ現代でピケティを特集していた。分厚い5000円の本が売れているらしい。格差問題を取り上げているのが原因の一つのようだ。いい機会なのでこちらについて書いておく。

あちこちで話題になるので読んではいないが、主旨は想像できる。一つ確かなことは、この方ドマクロ経済学者。方法論も過去の膨大なマクロ経済データを解析するというもの。だから、格差の起源に対する考察もマクロ的。実際は、個人における資産格差の起源は、所得格差と共に個人の能力格差にある。すなわち個人に能力と運の差がある以上、数学的に格差の発生は不可避であるということ。マクロ経済学と実は無縁。

ある時点で、1億円持っているA氏と100万円持っているB氏がいたとする。二人ともある投資をして20%の利益を得た。A氏は2000万円、B氏は20万円の儲け。二人とも同じ比率で設けたが、金融資産格差は広がっている。ではB氏は一生浮かばれないかと言うと、B氏が毎年20%利益を得てかつ再投資し続ければ25年で1億円になる。現実的には100%の人が成功するわけではなく、毎年数10%の人は失敗するが成功する人もいる。また、日本の場合、投資活動は一般的でなく多くは銀行預金。複利で預金しても増加分は知れている。国民全体で、すなわちすべての年齢層全体でこの現象を眺めると、縦軸に金融資産額の対数、横軸に資産額に対する人数の対数をとると直線になる。これをべき乗則という。わかりやすく言うと少数のお金持ちから多数のお金のない人に対数的に推移する。すなわち、個人の資産格差は自然発生的、というのが正しい認識。

一方、所得格差。これは社会のコントロールによって決まってくる。個人の出幕はないといっていい(いい会社、高給の会社に入社するのも個人の能力、という声は別な次元の話なのでスルー)。例えば正社員と非正規雇用、同じことをしていても給料は何倍も違う。机に座っているだけで高給をもらえる会社もあれば、恒常的残業がありながら給料の低い会社。一般に、給与水準と仕事の価値は比例していない。この不平等な格差は政治によって解決できる。社会システムもそうだし、所得税率の累進課税でもよい。最後の点については、日本の現状を12月11日に奇しくもまとめていたのでご覧のほど(http://bb79a.blog.fc2.com/blog-entry-609.html)。

というので、ピケティさんの格差の話、ちょっと違うんじゃない?と思った次第(読んでないので誤解あれば削除訂正します)。
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